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serial experiments lain 20th Anniversary Blog

中村隆太郎監督とジャコ・パストリアス

 

lain」製作中、隆太郎さんとプライベートに話す機会は殆ど無かった。隆太郎さんは監督として限界を越える激務をこなしていたのだから当然なのだが。
 しかしホン読みの後かアフレコ前か、ちょっと雑談する機会は幾度かあった。また音楽の好みの話なのだけれど、そこでジャコ・パストリアスの事が話題に出た。

 

 ジャコはジャズのエレクトリック・ベーシストで、1976年にソロで鮮烈にデビュウした後、当時最も影響力を持ったジャズ・グループ、ウェザー・リポートに3代目ベーシストとして参加し、数々の伝説的演奏を行った後に、自身のソロ・プロジェクトでその才能を最大限に開花させるが、1983年頃から双極性障害と、酒とドラッグによって人格が壊れていき、周りから疎まれる様になってしまい、路上生活者状態であった1987年に、コンサート会場のセキュリティに過剰な攻撃を受けて亡くなってしまった。

 ウェザーリポート参加前・中には様々なアーティストにゲスト参加しており、特にジョニ・ミッチェルの最もクリエイティヴであった時期にはライヴ・サポートもしている。だからジャズ界だけではなく、ロック/ポップス系のリスナーにも知られる存在だった。


 私はジャコの活動期をリアルタイムで知っているが、ウェザー・リポートやソロの来日時に生で観る機会はなかった(作家の津原泰水さんは広島公演で観に行っている)

 1978年にウェザー・リポートが来日した時、NHKのFMでライヴが放送され、このエアチェック・テープが当時出回って、衝撃を受けた。
 この時期のウェザーのライヴは1979年に「8:30」という2枚組でリリースされ、ジャズ、ロックを越えた凄まじいパワーを体感出来るのだが、「Birdland」という曲は、オリジナル・スタジオ盤「Heavy Weather」の16ビートではなくシャッフルにアレンジされてしまっており、後に多数手に入る(主にはブートの)ウェザーのライヴでも同様なアレンジであった。
 しかしNHKが放送した日本公演中野サンプラザでは、オリジナル通り16ビートで、しかも原曲よりも速いBPMで演奏していて昂奮させられ、この時のヴァージョンが忘れられなかった。
 CD時代に入って、ブート盤が元と思われるライヴ盤も入手出来たのだが、2015年にピーター・アースキン(当時のドラマー)が所有していた音源の数々から編まれた「The Legendary Live Tapes」というCDセットで正規にやっと聴かれる様になった。


 さておき、私は高校生時代からずっとベースを演奏しているのだが、ジャコが演奏する様なフレットがないベース(フレットレス)は、誰がどう弾いてもジャコ登場以降、ジャコ風にならざるを得ず、恐ろしいまでに指が開くジャコの運指は到底真似が出来ない私にとっては、「あんまりジャコを聴き込んでもしょうがないなぁ」という観点になり、やや引いた視点で捉えるミュージシャンだった。
 
 しかし上に書いた様に、聴く音楽という観点ではジャコの遺した音楽は他に例が無いもので、周期的にジャコの演奏を聴くという事を過去繰り返していた。

 

 隆太郎さんは純粋にジャコの、真なるオリジネイターというアーティスト性に惹かれていた様に思う。まあ隆太郎さんの言葉だと「カッコいい」なのだが。

 この話は各話回顧を終えてから書くつもりだったのだが、その頃の私がここに割ける時間が読めないし、先に書いておいた方が良い部分があるので記しておきたい。


lain」の製作が終わって、そこそこ盛大な打ち上げパーティが行われた。
 私は「lain」に限らずだが、アニメのダビングには立ち入った事がないので、笠松広司さんと会ったのはこの時が初めてだった。

 放送中、激しい対立をせざるを得なかった、テレビ東京担当プロデューサーの岩田牧子さんとも、打ち上げでは互いに「色々すいません」と言い合って労い合った。

 終わる頃、隆太郎さんが「ちょっと恥ずかしいんだけど、これ」とプレゼントされたのが、隆太郎さん手製のCDだった。

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 どちらもFMで生中継された番組をエアチェック(オープンリールのテープレコーダーによる)した音源を焼いたものだった(隆太郎さんはオーディオ・マニアでもあった)


 一枚は1983年、小編成で来日したジャコ・パストリアス・バンド(ワード・オブ・マウス)のもので、前年までのビッグバンドの様なスーパースターは参加していないのだが、パット・メセニーに指名されて渡辺香津美さんが参加されているという貴重な音源だった(あまりブートも出ていなかった)。
 あまりリハの時間も無かった様だが、香津美さんが自分用に書いておられた「Havona」(ウェザー時代にジャコが書いた曲)のスコアをジャコが見つけるや、セットリストに追加されている。
 2012年、この時の音源が正式にCD「ワード・オヴ・マウス・バンド 1983 ジャパン・ツアー・フィーチャリング渡辺香津美」としてリリースされた。

 もう一枚は翌1984年、ライヴ・アンダー・ザ・スカイ(という大規模な野外のジャズ・フェスがかつて開催されていた)で来日した、長老的なギル・エヴァンスのビッグバンドに特別出演として参加した時の録音だった。
 マーク・イーガンというバンド・ベーシストに加えての参加で、部分的にはジャコらしさの音も聞こえるのだが、もうこの時期のジャコは奇行癖が進んでおり、ベースを広島城の堀に投げ込んだり、ステージに現れたら角刈りで上半身裸で、泥まみれな上にビニールテープで奇怪なボディ・ペイントを施して登場していた。
 このフルの音源も近年ブートで入手したのだが、正直、音楽的には愉しめないものだった。
 ただ、膨大な観客を前に勇姿(と言えるかはさておき)を見せて、盛大な歓声を受けたほぼ最後のステージという事になってしまい、ジャコの、いや音楽史的にもヒストリカルなステージであった。

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 同じCDは笠松さんや、もしかしたら岸田さんにも贈られたかもしれない。
 大事に今尚持っているのだけれど、当時最高のPhilipsのCD-R盤に焼かれたデータは、もう全ては正常に再生出来なくなっており、記録用光学メディアの宿命とは言え空しさを抱かざるを得ない。


 ジャコ・パストリアスという人物そのものについては、これから幾度か書く事になる。

 

 

 

Layer:07 Society - Burned substrate

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 ショウちゃんママは、「お仕事」を優秀さ故にさっさと終わらせ、子どもとゲームで遊び始める。

 ママの仕事が情報庁情報管理局へのサイバー・アタックだったのか、「ワイヤードのレイン」への接近なのか、ねずみの始末だったのか、それは判らない。

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 その「仕事」には、プシューケーと在り方が近いナイツ専用の増設基盤が必要であったが、使用すると基盤は自己発火してROM痕跡を消滅させる。
 この三角コーナーに棄ててある描写に違和感がある人が多かったが、発火したボードをシンクの水道水で消した後の、仮の処置後場で入れてあるに過ぎない。勿論分別してゴミだしした筈である。


 さてナイツの陥穽に墜ちたねずみの末路。

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 迂闊にナイツに近づいたのが彼の間違いだった。

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 まだNAVIとゴーグル・ディスプレイのバッテリは残っている――。


 今回の作画陣。

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 私もここにクレジットされている。

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Layer:07 Society - Interrogation

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 玲音は青い目のMIBに随行する事を承諾した。
 シナリオでは新橋の雑居ビルなのだが、周りの風景はあまり新橋っぽくはない。

 ここからの長い場面は、冷戦時代のスパイ物的なドラマになっている。

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 狭いビルの階段を上っていくと――

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 橘総研のオフィスだと書かれている。
 橘総研はCopland OSやCommunication OSのベンダーなのだが、ここが実際にそこと関係があるのかは判らない。

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 林に背中を押されて中に入ると――

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 ガランとしたほぼ空の部屋の奥で、中年男性が分解されたNAVIを前に途方に暮れた風情。
 シナリオでは、ムーグ・シンセサイザー(今は本来の発音、モーグと記すのが通例だが、世代的に親しんでいたのでこう呼んでしまう)のパッチ・パネル(シールド線で繋ぐ)をイメエジした機器と記していたが、一般的なPC/AT互換機のNAVIに描かれている。

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 黒電話とモデム。

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 玲音に話しかける男は、「黒沢」と名乗る台詞があったのだがオミットされ、謎の男のままとなったが、ここでは便宜上「黒沢」と記していく。
 どうしても本社のファイアウォールに認証されない。アプリではどうにもならないと玲音にぼやく。

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  じっと機器を見つめていた玲音、ハッと気づく。

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 行儀良くスカートの裾を巻き込みながらしゃがみ込み、ここのジャンパを抜いてという。

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 男はピンセットを手渡し「すまないが、お願い出来るかな」。

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 玲音は確信的に、ジャンパ・ピンを抜く。今のマザーボードではあまり見掛けなくなったかもしれない。各種のハードウェア設定をこういうピンで設定する場合が多かった。

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 拡張カードを改めて挿し直し

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 電源を入れると――

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 Communication OS(最初の玲音のNAVIのOSもこれだった)が立ち上がる。
「いい雰囲気立ち上がってる……」

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 ここで玲音に何かを言わせるべきだった。
 NAVIは「lain」と認識して認証してしまうのだ。
 この辺のNAVIメッセージは中原順志君の普段の口調そのまんまだ。

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 黒沢は「ほう」と感心するが――

 ワイヤードから玲音のアカウントに向けて、ねずみが必死に語りかけている声が飛び込んでくる。

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 玲音は訳が判らず脅えているが――、

 ねずみのヴィジョンに映っている制服玲音に、ねずみは「あんたナイツだったのか!?」

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 制服玲音「ばーか」と罵る。
 ねずみは、前話のKIDS再現計画を讃え、ナイツにかなり迫っている事を自ら証明するが、これが彼の命取りともなる。

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 このカットで上にスクロールしていくのはグレイ・タイプのエイリアン、ていうか「ぐれいん」の前振り。

 

 

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 黒沢はナイツというサイバーナキスト(サイバー無政府主義者/これも『ありす in Cyberland』からの引用)が対抗している体制側の人間であり、情報庁なる架空の官庁の役人であるらしい。ねずみの音声を容赦なく切って、玲音に尋問を始める。

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 玲音がワイヤードで極めて特異な存在として行動している事に懸念を抱いている。

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「そ、そんな事言われても、あたし……」
 ぶるぶると震え始める玲音。

 ナイツが玲音を何らかの形で利用をしようという動きがあり、黒沢はそれを「どんな手段であっても」阻止するという。

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「あなた、何? 誰?」と震えながら問う玲音。

 ここでシナリオでは「自分は黒沢という事にしてくれ。黒の男たちには名前が無い」という台詞があるのだがオミット。


 じっと玲音を見つめる黒沢、

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 そしてカールと林。

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 ねずみシークェンス終章。

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 ナイツの専用回線に侵入が成功したねずみは、ナイツが「デウス」というワイヤードの神を信仰している事も知っていた。ナイツが導くルートは人寂しいエリアへ。

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 この実写部分は、人寂しい所だったらどこで撮影しても良かったのだが(どうせグチャグチャに加工してしまうし)、やはりトライアングル・スタッフのある荻窪で撮るべきだろうと(勝手に)思い、環八通りの四面道近く、荻窪陸橋(という名称だが実質的にはアンダーパス)で夜中に撮影した。

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 遂にねずみは、ナイツのメンバーと邂逅する――
 ナイツのメンバーに名前をつけなかったのは、シリーズも中盤になってゲスト・キャラをわさわさと作ってしまい申し訳ないなぁと思いながら、でもナイツのメンバーは顔出しさせないと、「lain」のサイバー表現には不可欠だとも考え、致し方なく作ったという罪悪感があったからだが、「アノニマス」な存在だからという一応の弁解もある。ただ、作画にせよ演出にせよ、キャスティング、演技に於いても「男」だの「女」だのが乱立して余計にややこしくしてしまい、酷く反省をした。

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 この三人のナイツが並ぶのと、ショウちゃんママのカットは、岸田さんが描かれた原画をセルに起こされたものを受け取ってスキャンし加工した。

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 最初はこういう風に作ったが、中村隆太郎監督は一見し渋い顔で「……もっと汚くして」とリテイクをさせられた。
 ねずみヴィジョンもだが、私の納品はデータだったが、隆太郎さんは一度アナログVHSテープにダビングして、トラッキングを乱して更にノイズを加えるという徹底をしている。

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 これが、ねずみが見た最後の映像となる。

 

 

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 さてここからの芝居はシナリオとは大きく変えられている。

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 黒沢は玲音に矢継ぎ早に質問を被せていく。

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 親の誕生日をいきなり問われて答えられる人は少ない気もするが、今の玲音――、自分自身の存在が危うい状態の彼女は何も答えられず、ぶるぶると震えが全身を走る。」

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「何も、判らないのか」

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 ストレスの限界で髪を掻きむしりしゃがみ込んだ玲音だったが――

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「あーうるさいな」とゆらりと立ち上がる。

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 左右に揺れながら、「レイン」に変容していくこのアニメーションを見て、私は思わず隆太郎さんに「この場面凄いですね! 誰が描いたんですか?」と訊かずにはいられなかった。
 隆太郎さんはニヤリと笑って、「ジブリ」とだけ言った。

 私は岸田さんが描かれた部分以外は、誰がどの場面の原画を担当されたか全く把握していないのだが、この場面だけは知った。

 

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 レインにとってナイツなど大した存在ではない。
 ワイヤードとリアルの境界が崩れてもいいのかという黒沢にレインは――

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「面白いじゃん」、と嘯き、部屋を出て行こうとする。

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 この玲音からレインへの変容を、清水香里さんは唖然とする程鮮やかに演じた。それまでのおどおどし、あまりに儚い少女から強い自信に満ちた少女への変化は、決してカリカチュアされた「いかにも」なそれではなく、極めてリアルに、圧倒的な説得力を持っていた。
 黒沢役・渋谷茂さんの、当初の「頼りない中年」から厳しい尋問者への硬軟の切り替えと共に、「lain」中でも最も緊張感のあるドラマを作り上げて貰えて、私はとても感激した。

 

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「どいて」と出て行こうとするレインを、カールが腕を掴んで止める。

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「君自身が危険なんだ」というカールの言葉は、彼の役割からのそれではなく、彼自身のもの。

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  睨むレイン。

 そこに黒沢の――

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「カーール!」という咎める声が飛ぶ。

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 レインはMIBの二人の間をぐいぐいと抜けて、「ふん」と出て行ってしまう。
 シナリオでは玲音に戻っていたのだが。

 

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 さてこの尋問は成果があったのだろうか。黒沢は玲音、レイン共にその正体、何らかの意味のある言質を得る事はなかった。黒沢が属する体制による威圧抑制の行動制限も効力は無さそうだ。
 にも関わらず、黒沢は何故か満足そうだ。

「彼女の言う通りだ。『面白い事』が始まるんだ」といった事を言うが、MIB達はその真意を図りかねている。

 

 ここら辺のくだりは、隆太郎さんのここまでのコンテ変更を受けて私が台詞を差し込んだ気がする。

 いずれにせよ、この後の話数での黒沢と部下であるMIBとの関係性には捻れが生じていく。こうした人と人との関係性の動的な変移を描くには、冷戦スパイ物は実に良い参照モデルだった。

 

 あとはエピローグを残すのみなのだが、長くなってしまったので一旦ここで切る。

 

 

Layer:07 Society - Delivery device

 

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 そして3人目の「ナイツ」は「ショウちゃんママ」。

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 NAVIはピザ・ボックス型で、当時だとSun MicrosystemsとかのWorkstationがこんな筐体だった。
 内職して買った、と言っているが、正規の収入かは疑問。

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 小さな梱包物を配達にきたのは、玲音に最新型NAVIを配送したのと同一人物。あわよくば主婦と懇ろな関係になりたい欲望を隠さない。

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 まあこんなに色っぽかったらしょうがないよね、という念入りな描写。

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 そこに都合良く「ただいまー」とショウちゃんが帰宅してきて、配達人は退散。(このワンカットも凄いリアルなアニメーション)

 そんな彼だが、よもや2年後には文科省傘下(というのはダミーだが)のネットワーク監視機関の室長として都庁の中に秘密基地を築くとは想像出来なかった(※「デジモンテイマーズ」の山木満雄ヒュプノス室長を演じたのが、同じ千葉進歩さんだった)

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 なぜ3人目を若い母親にしたかというと、オープニングの1カットでゲームに夢中になっている小学一年生くらいの男の子が映っていて、タロウよりも若い子どもがいるよな。ならお母さんも若いな、という連想をしたからだった。

 ショウちゃんは実にリアルで達者な演技だったが、タロウは到底同年代の男子が言わない様な事を言わされているのだから滝本君は苦戦していて、ショウちゃんはリアルに言いそうな台詞しか言わないから分があった。にしてもナチュラル過ぎて舌を巻いたのを覚えている。

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 配送されたのはプチプチに包まれた何らかの拡張カード。ナイツの紋章が印刷されている。

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 玲音が坂道を上がって帰宅してくると――、岩倉家前にあの車が堂々と駐まっていた。
 茫然と立っていると、車から二人のMIBが降りてくる。

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 当初MIBは、その本来の在り方通り(無個性・外国人を思わせる・全身黒ずくめ・車も黒塗り)、個性を与えるつもりが無かったのだが、岸田さんのデザインで明確なキャラクターとしての存在感を与えられていた為、急遽名前をつけた。クレジットはずっと「黒の男たち」だが、カール・ハウスホッファと林随錫とした。
 彼らはある所へ一緒に来て欲しいと玲音に言う。

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「え……」
 どうする玲音。

 夕暮れの街を相変わらず歩いているねずみ。

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 執拗なナイツ加入の懇願リクエストが、何者かによって承認される。

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 すると何処かへのゲートウェイが開いた。

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 この下降していく映像は、大判の基盤の画像をAfterEffectsでパースをつけて動かしたものだった。
〈追記〉思い出した。そんな大きな解像度の画像なんてあったかな、と記憶を絞り出したら、この映像を作る為に秋葉原のジャンクショップ回って、一番大きな面がとれる基盤を買ってきてスキャンしたんだった。

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 こういうトリップ映像の元祖はあまり指摘される事がないが、「2001年宇宙の旅」の終幕にある「スターゲート・コリドー」(光の回廊)場面だ。LSD無しで「飛べる」というので当時の若い観客がこぞって劇場へ行ったのだ。

 ここからは私担当ではない。制服姿の玲音が現れる。


 

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Layer:07 Society - lain and Alice

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 授業中、玲音はコードを高速で見ている。恐らくLisp。 

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 携帯NAVIまで拡張している。

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 ありすは玲音がワイヤードに没入していく事が心配でならない。

 

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 そして二人目のナイツ――は実に、その、な……、
 しかしこの背景凄い。

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 すいません。完全に「ステロタイプ」なキャラです。
 同時視聴実況では「おまえら」「おれら」のワードが飛び交った。

 

 

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 玲音は屋上で独り、「世界」を見下ろしている。

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「リアル・ワールドなんて、ちっともリアルじゃない」
 時に今も私自身が感じるダイアローグ。

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 そんな玲音に声を掛けるありす。
 

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 玲音を「普通に」中学生らしく愉しんで欲しいと思って幾度も誘い出したが、玲音は変わらなかった。いや、実は大変な変化をしているのだが、自分自身でその変化を「ないもの」にしようとして没交渉になっていただけだった。
 ありすが謝ると、玲音は必死に「そうじゃない」と否定。

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 ここでの玲音の否定は小刻みに震える程に、哀しい。

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 ありすは玲音の手をとって互いの体温を感じさせる。

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 玲音はありすの心配を心底嬉しく思っていた。しかし、この二人はこの後……

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 友だちという言葉が嬉しい玲音。

 

 

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 ここでネット・ニュウズ。
 情報庁情報管理局がナイツによる攻撃でダウンし、ワイヤードの情報が昏迷を極めている。

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「このニュウスが届くのは明日、もしくは昨日になる事もありますのでご注意ください」

 このくだりはデジタルのみではなく、風雅なアニメーションがしっかり描かれている。

 

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 そして「ナイツ」の「説明コーナー」。
 ナイツ、そしてワイヤードのレインについての噂話がヴォイス・オーヴァーで流れる。

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 きっちり1分のこのシークェンスは、殆ど素材がフォントのみのモーション・タイポグラフィクスで構築されている。担当は上田P。

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 あれ? この時はオンエア時のリアルタイムにはしていなかったのか。
 
 恐らくこの辺りのオンエアから、ウェブで「lain」の事を書く人がぼつぼつ現れ始めて、我々はこぞって検索で見つけては読んでいた。
「誰も見てない」と思ってひたすらアウトな表現をしてきたのだが、それを面白がってくれている人がリアルにいるのだ、と判ったのはスタッフにとって大きなモティヴェーションになった。

 

 

Layer:07 Society - Knights of the Oriental Calculus

 

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 リアル世界では全く面識無い同士が、ネット内で共謀する悪意あるハッカー(クラッカー)という存在は実際に実例は無かったものの、「いても不思議ではない」とは思っていた。

 デウスを信仰し、様々な意味のある無しに関わらずミッションを遂行するオンライン秘密結社の名称を「東方算法騎士団」にしようとしたら、上田Pから猛烈なクレームがついた。「何で駄目なの?」「ダサいから」
 全く納得がいかず抵抗したが、「ダサい」という「感覚」は変えられず。
 仕方なく妥協点で、劇中では「ナイツ Knights」とする事にした。

 知識がある人には容易に想像がつくだろうが、全く異なる部類から同士の引用なので、判らない人の方が多いとは思う。
 アレイスター・クロウリーが後年に属していた魔術カルトである東方聖堂騎士団 Ordo Templi Orientis(略称 O.T.O.の方がオカルト界では知られる)と、ラムダ算法騎士団 Knights of the Lambda Calculusという、概念上のハッカー「集団」の名称を掛け合わせた。

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 O.T.O.の方は日本でも「知ってる人は知っている」もので、クロウリーの存在は大きいものの、魔術カルトの中ではそう大きな位置にはない。ただ「東方」という名称は「lain」の設定には都合が良かった。デウスは日本人だしナイツのメンバーも殆ど日本人だっただろうから。
 この「東方」はあくまでギリシア、ローマから見ての東であって、古代オリエントに於いて中東の事を示していたのだが。

 ラムダ算法(微積分)騎士団については実際に存在する組織ではなく、Lisp, Schemeといった言語を至高と考える人々の事をテンプル騎士団に模して揶揄した表現だ、と私は理解しているのだが誤認の可能性もある。何しろWikipediaでも全く細かい情報はないばかりか、説明事項には「日本のアニメで名前をもじったものが登場した」といった事が書かれているに過ぎない。
 私が当時この名前を知ったのは「サイベリア」か、何らかの本の一節からだと思う。


 今話では三人のナイツ・メンバーが登場するが、当然これだけがメンバーではない。今回のオペレーションに携わったのがこの三人だった。

 最初に登場するのはこのセクシーなセクレタリー、

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 ではなく若いエグゼクティヴ。

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 異様にセクレタリーの描写が執拗なのは、シナリオではなく隆太郎さんのコンテ。
 岸田さんが描くセクシー女性の表現は、「lain」の後に中村隆太郎監督と岸田隆宏さんキャラクター・デザインで手掛けたナンセンス・アニメ「COLORFUL」(1999)を今となっては彷彿させる。

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 隆太郎さんが亡くなって、初監督作品だった「ちびねこトムの大冒険」(1990)のスタッフの方々が「プレイバック中村隆太郎」というイヴェントを毎年開催されてきたのだが、私が初参加した時に上映されたのが「COLORFUL」全話。ちゃんとTBSから許諾を受けられての上映であった。スクリーンに見入ってしまうと、到底故人を悼むにはアレな笑いが込み上げてきて困った。
 中村隆太郎監督は暗い作品しか作らなかったというイメエジを抱いている人は多いかもしれないが、決してそんな事はなかったのだ。「魔法使いTai!」TV版でも一話をコンテ・演出していた。

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 セクレタリーが「イモーター・コンソーシアム昼食会のお時間です」という台詞を言うのだが、この「イモーター」はこの頃私が書いた短編小説のタイトル。これを収めた短篇集も長らく絶版になってしまった。
 校正前の初稿だが、ここに置いておく。

 

 

 

Layer:07 Society - His name is "RAT".

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 玲音とワイヤードの脅威となっている「ナイツ」なる組織とは何かを明かすのが今話。
 冒頭のヴォイス・オーヴァーは、「かくしてネットではデマゴギーが成立するか」について。

 コンテ:中村隆太郎 演出:松浦錠平 作画監督:丸山泰英

 

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 ナイツに爆破された玲音の部屋の壁の穴からは、ケーブルやチューブがはみ出している――と確かにシナリオには書いたが、まるで臓物の様な描写。

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 玲音は今はモラトリアム状態で、ぼんやりとチャットしている。
 虚空にもモニタ表示が浮かぶ仮想スクリーンの描写は、どういう理由があったかも忘れてしまったが、どうしても「lain」のNAVI描写で入れたいと主張した。その頃ヘッドアップ・ディスプレイは飛行機のコクピットにあるくらいで、プロジェクションするにも何らかの媒介が無ければ投影は出来ない。
 中原順志氏と上田Pが試行錯誤して「これなら」と作り上げたのが、波形モニタなど図形を表示させる不定形なヴィジョンが幾つも浮かぶ――という図だった。

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 玲音は「ワイヤードでは自分じゃなくなる」と、強いレインを区別化している。
 と、通話の相手に促されて振り向くと――

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 壊れた美香。壊れる前から美香は度々玲音の部屋を覗いて様子を見ていた。ぶっきらぼうなだけで、内心は「妹」の事が気になるくらいには愛していたのかもしれない。

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 しかし人間の言葉、思考理論を失った美香はドアを閉じる。

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「お姉ちゃん、最近様子が変になっちゃった」
 そう言っている側の仮想ウィンドウで「警告」サイン。
 ナイツにパラサイト・ボムを仕掛けられて以来、玲音のNAVIはセキュリティを強化している。

 

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 さてここで「ねずみ」というキャラクターが登場する。

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 ナイツを、人間のキャラクターとしていきなり登場させるのもつまらないと考え、ナイツに加入したがっている人物をエピソードの細い縦軸にしようという意図だった。
 バックパックにデスクトップ型NAVIを背負い、ヘッドセット・ゴーグル型ディスプレイを装着して、外側の視界(ビデオカメラが頭部についている)とオンライン状態のワイヤード画面を常時重ねて見ているという、「常時接続状態」の変人――。

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 そんな名前にしてしまったからか、岸田隆宏さんのデザインで描かれたねずみは、絶対近寄りたくない変人になってしまった。
 千葉繁さんに演じて戴いたからだと思うが、意外にも人気のあるキャラクターとなっていて、同時視聴会ではちょっと驚いた。

 

 前年「ゲゲゲの鬼太郎」4期に一話だけシナリオを書いていた(「髪の毛地獄!ラクシャサ」。コンテ・演出は「lain」9話のコンテを別名義で務められた角銅博之さんだった。

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 で、この4期のねずみ男を演じられていたのが千葉繁さんで、私は喜び勇んでねずみ男の台詞を、息継ぎ無しの喋りまくりに書いたのだが、ちょっとこれはやり過ぎだったとオンエアを見て反省した。

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 この常時接続男の名前を「ねずみ」にしたのは、千葉さんに演じて戴く前提だったからに違いないのだが、キャスティングを決め打ちしてキャラクターを作るなど、そんな不遜な事をやったのだろうか? 全く記憶がない。もしこのアフレコ日に千葉さんがスケジュールが合わなかったらどうするつもりだったのか……?

 ねずみはワイヤードで、未だ見ぬナイツのメンバーに自分を加入させてくれと延々と訴え続ける。

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 シナリオでこのねずみの見ている映像を「実写加工?」と記したのは、前話で述べた様に、少しでも作画の尺を軽減させ得るか、私からの「提案」であった。
 シナリオが決定稿になってから暫くして、安部プロデューサーから「小中さんに作って貰ってと隆太郎が言ってる」と連絡が来る。

 私は「判りました」と取り掛かったが、まだ最終話までは書いていない時期だったと思う。この頃の私のスケジュールがどう考えてもおかしい。

 さて、なぜ一介のシナリオライターが「実写の撮影・加工」を請け負おうと即答出来たのかについては、やはり映像部分製作を担当した9話回顧の前に書こうと思う。

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「ねずみヴィジョン」は眼前の実景とワイヤードのサーチ画面が重なっているが、実写加工部分は実際のセンター街で普通の民生用DVカムを使い私一人で撮影した。なるべく人の顔を映さない様に撮ったので、画角はグラグラ。
 サーチ画面は私が動かしたパーツもあるが、多くの黄色い四角のバナーのテキスト表示ブロックが浮遊する表現は、確か「Hot Sauce」という名前だったと思うのだが、当時実際にあったサーチ・エンジン。試験的に公開されていた。関連するリンクの中をマウス操作でぐいぐいと3Dで検索するというものだったが、英語しか対応していなかったし試験的な運用だったと思う。起動するまで滅茶苦茶に重く実用性は殆ど無かったが、何しろ面白かった。暫く前にこれの事を思いだしてGoogle検索したけれど、こんな検索エンジンがあったという記述すらどこにも見出せなかった(名前は『辛いソース』だし)。
 尚、当時のネット検索は国内はYahoo(自己登録)が一般的で、サーチ・エンジンとしてはAlta Vistaがメジャーであり、Googleの登場はやや後になる。

 VRゴーグルは近年商品化が活発になったが、この頃にもあるにはあった(から描いている)。しかし外を重ねて見るというのはAR(拡張現実)と思っていたが、これはスマホなどのデバイスの画面を使うもので、ゴーグルで見る場合にはMRというらしいと最近知った。Mixed Reality 複合現実。

 MicrosoftWindows Mixed Realityという技術プラットフォームを提供しているので、今後より一般化していくかもしれない。ねずみは増えていく……。