登校してくるありす。
実感の無いハイコントラストな世界。
玲音が感じていた世界を、今、ありすが感じている。
おはようと声を掛けてくる樹莉と麗華。
ありすは、グループデートの誘いを断ろうと切り出すと、樹莉はそんな話知らないと言い、昨晩はCUメールも送っていないという。
出勤してきた若い男性教師を見てしまうありす。
2人はあの先生はカッコいいけど、3年生女子と付き合っているらしいという噂を話しだし、ありすは内心衝撃を受ける。
2人、ありすがあの先生を好きだったの? もう遅いよとからかいだし――
今立っている足元が揺らぐ感覚に陥っていたありす、
何の音も気配もないのに、何か衝撃を受けて振り向く――!
校門に玲音が立っている。
2人は仲良しな友だちとして手を振り呼ぶ。
ありすは堪えられず一度目を背けて前に向くが――、
どうしてもまた振り向いて見ないではいられない。
ずっと無表情だった玲音――、
「玲音、笑った」
ありすや玲音の写実的な作画描写も「lain」の特筆すべき要素だと思っている。
実況などでよく「ほうれい線」と揶揄されるが、どんな若い膚であっても人が笑うと、表情筋は谷を刻む。それが人間の顔というものなのだが、凡そアニメの記号表現では省略・抽象化されがち、というより描かないのがルーティンとなっている。しかし岸田隆宏さんのデザインにて、影色のみでそれが表現されているのには今尚感銘を受ける。
勿論、殊更に写実的になるのは、あの覗き屋lainに「あんたって!」と涙を流して叫ぶありすもそうだったが、テレビ・アニメのノーマル話法から逸脱したエクストリームな場面だけだ。
この玲音の笑みは、決して邪心は無いであろうとも、視聴者とありすを心胆寒からしめるものであるべきで、岸田さんのデザインでしか描き得なかった。
アフレコで、この最後の台詞をどう言ったらいいか浅田葉子さんはとても悩まれていた。
だが、鶴岡音響監督も私も「こうなんです」という適切な助言を出来なかった。
なぜなら「玲音、笑った」はありすの台詞ではなく、シナリオのト書きだったのだから。
1話目から、字幕スーパー指定の文を隆太郎さんは台詞にする演出を度々してきた。最初はシナリオの書き手としては「ん?」という違和感があったが、次第に「なるほど」と思えた。
しかしここに関しては正直に言って、意図が今も判らない。
絵では伝わりきれないので台詞にしてしまう、という消極的な意図ではないのは間違いない。玲音の笑みをあそこまで「誰がどう見ても演出意図通りに受け取る」様に描けているのだから。
浅田さんは全く確信が持てないまま、あのテイクを録った。
私はコンソール室の鶴岡さんの隣にいつも座っていたのだが、後方のソファに座っている隆太郎さんの方に振り向いて「これでOKですか?」と目で訊いた。
隆太郎さんは小さく頷いたので、アフレコはこれで終了となった。
皆さんは、どう受けとめられただろうか。
20年経ても残る、小さな謎である。
半パートでも、アブノーマルなキャラクター表現を一層増やす回になってしまい、画面設計はなく原画のみに岸田さんもクレジットに名を連ねる。