唯一明かりが灯る部屋に近づく。
ドアを、明け――
中に入ると――
部屋中を機器とケーブルが埋め尽くしている事に絶句するありす。
「これが――、玲音の部屋……」
その声に、ベッドにいた者が反応する。
シナリオでは「ケーブルを着た」と表現していたが、くまを抱いて玲音は起き上がる。 この「ぐるぐる」状態を最初に考えたのは、玲音のアイコンである髪留めの形状からだった。
もともとゲーム版の玲音は、電波を矢鱈と受信してしまう為に、それを遮断する為に片側の髪を長く伸ばして髪留めをしている設定だったのだが、シリーズではその由来には言及していなかった。
自らを縛る――という表現をする為に、ケーブルに躯を巻くという描写を考えたのだった。
思わず「玲音」と呼び掛けるありす。
玲音の意識は朦朧としており、「あ、り、す?」と声を出すのみ。
「なにを、したの……?」
「なにも。ただ、見てた、だけ……」
シナリオ本注釈で、このダイアローグを演じた清水香里さんの事を称賛している。
現時点での玲音の立ち位置は、ありすから見るとモンスターに近い。だが清水さんの声が、そうじゃない。元々そうじゃない、という事を何よりも雄弁に語ってくれている。
ありすは自分だけ記憶を残した事を強く訊く。
辛い記憶を何故自分だけが抱き続けねばならないのか。
「そんなに私の事が憎いの?」
ここで初めて玲音が顔を上げる。
「こんなの耐えられないよ」と涙を零すありす。
玲音、ありすに近づいていく。
「違うんだよ」
「あたし、ありすを悲しませたくなかったから……」
「うそ!」
「ありすは、大丈夫だったじゃない」
「え?」
「ありすは、あたしが繋げなくても、あたしの友達になってくれた」
「何の事……?」
「ありすだけは、あたしの、友達」
「繋げるって、何の事?」
「あたしと、みんなと――」
耐えられず玲音から離れるありす。
「あたし、ありすが好き」
「何を言ってるのか判ってるの? 玲音」
玲音の主張は
・もともと人間は無意識で繋がっていた。
・あっち(ワイヤード)とこっち(リアル・ワールド)、どっちが本物とかじゃなく、あたしは居た。
・玲音はワイヤードとリアル・ワールドとの境界を崩すプログラムだった。
ありすは玲音がプログラムだという話に当然戸惑う。
玲音は「ありすだってみんなだってアプリケーションに過ぎない。肉体なんて要らない」と言う。
やや茫然と聞いていたありす――、
ベッドに膝を乗せて体重を掛ける。生きた肉体の表現。
そして手を差し延ばして――
玲音の頬に指を触れさせる。
玲音はされるがまま、唖然としていたが――、
ありすを見ると――
「違うよ」
「え?」
ありすは、玲音があまりに抑鬱状態になって自らの肉体に価値などない、と思い込んでいるのだと感じた。だから、人の躯の暖かさを伝えたかった。
次にありすは玲音の手をとって――、
自分の左胸に当てさせ――
「あたしだって、ほら」
玲音、どうしたらいいのかも判らず。
だが――、明らかに暖かいありすの躯に触れる事で、人間らしさを取り戻していく。
「どき、どき」
「どき、どき」
二人が言い合って、笑い合う。
「どうして? どうしてかな?」
「怖いからだよ。怖いからどきどきしている」
「だって、ありす笑ってる」
「うん、そうだよね。でも怖いの。ずっと怖かったの。何でかな」
「何でだろ……?」
そこに割り込む英利の声。
「肉体を失うから怖いのさ」
この場面は個人的に思い入れ強くシナリオを書いていたが、ここまでエモーショナルなシーンになるとまでは思わなかった。
コンテと作画、そして二人の俳優――、全てが素晴らしかった。
以前Twitterで、「lain」の物語は見方によってはラヴ・ストーリーだと書いた事がある。勿論、ここで玲音がありすに言う「好き」は友達としてのものだ。
だが、ありすの記憶を残したのは、完全に玲音の思い込みで、「理解して貰える」という誤算だった。玲音に話しかけてくれたありすの記憶を、玲音は奪いたくなかったのだ。
冒頭の「判っちゃった」が全く間違っていたのだ。
そして二人だけの空間だった部屋に――、邪魔な存在が介入してくる。