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serial experiments lain 20th Anniversary Blog

中原順志氏と連絡がつく

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 凄いな4Gamer記事の注目度は(と言ってもこの記事を面白がったのはヴェテラン・ゲーマーだろうけれど)。

 PS版「serial experiments lain」のディレクター、中原順志氏とはここ10年近く連絡がとれていなかったのだけれど、記事を読んだ人が当人に伝えてくれて、久しぶりに連絡をくれた。
 忙しく仕事をしているそうで何より。

 で、幾つか記事に訂正が入った。

 

> ATR人工知能を研究していたところにお邪魔して
> サインしてもらったのはトマス・S・レイ氏(Tierraという 人工生命プログラム の人 )です。
> アランケイでは有りません。

 

 だったそうです。
 考えると、NOëL絡みで話をという事なら成る程こちらが関係がありそう。
 20年前の話なので、みんな記憶が錯綜しているのは致し方ないところ。

 Tierraだと、「lain」よりはデジモンテイマーズな方向性で親和性がある話なので、私個人的にはこちらも興味深いなぁと。

 まあ実際の「lain」の開発時のあれこれも、色々と互いの記憶が違っている模様。
 20年経てば、そりや記憶も風化するし、立場の違いで認識が異なる事もあるよなぁ。

 てことで、また中原氏を交えて、(阿鼻叫喚怒号の飛び交うやもしれない)同窓会をやってみたい様な、怖い様な……。

 中原氏は「ですぺら」最初期の、まだ中村隆太郎監督が参加していた時期には1,2回会っていたし、今またちょっと企画がスタック中なんだけども、また再始動した時には相談したいと思っている。

 

Playstation版「lain」


 

www.4gamer.net

 4Gamerがアニメと同じく20周年という事で、ゲーム版を回顧する企画をしてくれ、先日記事が公開となった。
 担当の人は「クラブサイベリア」にも来ており、我々のトークも聞いている。
 
 取材はサイベリア開催時からそう時間が経っていなかった頃だった。
 安倍君、上田Pと三人でゲームをプレイしながら喋る――という趣向は私は当日初めて知ったのだが、最良の回顧になったと思う。
 記事ではテンポよく編集されているのだが、実際はPS3の速度ではあっても、入力操作やロードはそこそこかかるゲームではあるので、ぼうっとディスプレイを見ている時間が長かった。記事をまとめるのはさぞや苦労されたと思う。

 しかしこうして読み返すと、色々個人的にも新事実や認識の誤りを見出せる良い機会ともなった。

 そもそも私は、ゲーム版のディレクター中原順志氏がアニメ・シリーズのデジタル・ワークを毎週担当していたのは、ゲーム開発がある程度目処がついていたからだと思い込んでいたのだが、実際には完全に被っていた時期がある。本ブログでの記述の誤りをここで訂正したい。

 上田Pと中原君がNECアラン・ケイに会っていたというのは私は初耳だった。現在のGUIゴッドファーザーである彼に「lain」のペルソナ・インターフェイスの感想を訊けば良かったのに!

 


 

 

クラブサイベリア ねとらぼ Report

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 7月7日のファン主催クラブ・イヴェント「クラブサイベリア」には海外からも含め複数のWebメディア取材が申し込まれていたのだが、「ねとらぼ」が独占で記事を書いて戴いた。
 
 トークの質問で黒沢清監督の「回路」との関連を問われ、あまりJホラー話を詳しくしてもと簡単に答えてしまったが、執筆者の方が拙著「恐怖の作法 -ホラー映画の技術-」を読まれて正確にフォローして戴いて有り難かった。

 

 選ばれた写真、私は吹きだして突っ伏している図。

 

nlab.itmedia.co.jp

 

serial experiments lain」の概要も実に正確に記されているが、アニメ未見の人にはやっぱり「何だそれは」というものかもしれない。
 現在Blu-ray廉価Boxが発売中です。特典はあまりないけど画質は凄いですよと。

 またバンダイチャンネルAmazon Prime Video等の配信でも見られます。

 

 

Blu-ray Boxの発売

 

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 2010年、「serial experiments lain」のHDリマスター作業が行われる。大々的な作業で多くのスタッフが関わるが、上田Pが自分でもチマチマとしか進められない作業を担った経緯は、彼のブログに記されている。

 serial experiments lain Blu-ray LABO プロデューサーの制作日記

 

 そしてついにBlu-ray Boxが発売となり記念イヴェントが開催された。
 この時の事はGigazineで詳細にレポートが記されている。

gigazine.net

gigazine.net


 中村隆太郎監督にも出演を請うていたが、上田Pにメッセージをメールで送るに留まった。自らの状態を「ホジスン教授」に準えており、聞いていて胸がつまる思いをした。

 Gigazineには、二年前の「プレイバック中村隆太郎」イヴェントのレポートもして貰っている。

gigazine.net


 さて以上が「lain」の辿った道だった。
 
 20周年をファンが祝ってくれると知って、何か支援出来ないかという意図からこのブログを始めた。
 私の「lain」についての記述はシナリオ本の注釈で既にある程度書いていたが、あくまで注釈という狭い枠での記述で、触れられなかった事が多かった。
 また、あの本はコンテで描かれ、映像化され、音声が入った完成版ではないあくまでシナリオの段階のもので、完成作側から詳述しておきたいとも思っていた。
 文を書く上では映像のキャプチャを録っておかないと正確な事が書けない。
 
 一人で過去作を見返すのが苦手だったのだが、幸いクラブサイベリア主催のシオドアさんが提唱して、毎週金曜日に2本ずつ同時に(各自有するディスクか、配信で)視聴してTwitterであたかも放送されているかの様に実況をしようという面白い企画があり、そのお陰で全話通しとしては19年ぶりに観られたのだった。
 見たエピソードはDVDから(SD画質)キャプチャを録ったのだが、実のところ大変面倒な作業だった。
lain」は基本は35mmフィルム撮影のセル・アニメだが、多くのカットはデジタル、アナログで加工処理され、最初からデジタル作成されたカットも多い。
 で、これらのフレーミングが全てまちまちなのだ。
 アナログ放送時代、全てのテレビで完璧に表示させるのは不可能で、「セーフティ・エリア」というかなりの幅のマージンがとられていた。
 上田P達がHD化で死ぬ思いをした理由が少し判った。


 本ブログの書籍化を望まれる方がいたが、多大なキャプチャした画像が有りきの文章であり、現実的ではなくご容赦戴きたい。
 ブログという性質上、新しい記事から遡って読むのはなかなか面倒で、PC版だと右フレームに最初のエントリのリンクを貼って、ここから読んで下さいと記しているのだが、スマートフォンだと表示されていない。記事終わりまでスクロールして、「記事の一覧」を押して、そこから頭まで送って貰うしかない。
 はてなアクセス解析は端末まで統計を出してくれない(Google Siteはもの凄く詳細なデータを見られるのだが)。「Digimon Tamers Update」(テイマーズの回顧Tweetまとめ)のアナリシスを見ると半分以上がスマホからのアクセスだった。

 これから読まれる人には面倒を掛けて恐縮だ。
 ただ「lain」に関しては概ね述べ終えたと思っているので、全体量的には大したものではないと思う。

  ともあれ、ここまでお読み戴いた「lain」ファンの方々には御礼を申し上げたい。

 


 ここから先は、視聴者層が全く異なる別作品ながら、私の中だけでは「lain」の文脈として連続していた「デジモンテイマーズ」の回顧採録Twitterで小出しに書き綴ったものを、読み易くまとめる)をちょっとずつ記事にしていく。
 基本的には全てTwitterのモーメントにまとめてはあるのだが、私のアカウント画面では膨大なモーメントの数が「0」としか表示されないというバグがある(数字をクリックすると見られるのだが)。
 もうこちらもBD-Boxが発売されて暫く経つので今更なのだが、まとめて欲しいという声はとても多かった(し、これも書籍に出来る性質ではない)。

 

 また現在「TEXHNOLYZE」(未だBD化されず)の同時視聴会がやはり毎週金曜に開催されている。#TEXHNOLYZE15th のタグで検索されたい。

 上田Pインタヴュウ、浜崎博嗣監督と私の対談などが掲載された同人誌が間もなく開催されるコミケで頒布される。

「誰も見ていないアニメ」、「TEXHNOLYZE」も、これを契機に盛り上がるといいのだが。

  

 

 

 

放送後

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 放送開始時は誰も見てないのではと思いながら、次第にスタッフは検索で「lain」に言及しているサイトや掲示板を読んで、ちゃんと見てくれている人がいる――と、モティヴェーションを上げた事は前に記した。
 シナリオはもう視聴者の反応を受けてどうこう出来る余地は無かったが、画面の作り込みについては、間違いなく視聴者に「最高の映像を見せよう」という目的意識となっていた。

 

 最終回が放送されると、私がコンタクトをとっていたファンの人達から「玲音がウチに来ました」というようなメールを貰って、安堵したと共に、玲音がもう我々の手から離れたんだな、という寂しさを感じた事は確か当時サイトに記したと思う。

 まだシナリオ本やヴィジュアル・エクスペリメンツ(ムック)の作業があって、完全に終わったという実感が無かったのだが、やはり毎週放送していたものが終わったのだから熱は徐々に冷めていく。

 当時のネット・ユーザの一部で人気を集めていた、とは何となく判っているものの、それが具体的な数値となるものもなく、ただぼんやりと気に入ってくれた人が予想よりも多かった、という感覚でいた。

 

 全く記録もないので朧気な事しか書けないのだが、多分放送された年の内に、アニメの批評家の方だったと思うのだが、「lain」のトーク・イヴェントを新宿のロフト・プラスワンでやりたいという申し出があった。(諸々に記憶違いあり。下記の追記参照されたい)アニメのトーク・ライヴというのは今でこそ当たり前になっているが、当時サブカル界隈でもアニメのトークは珍しかった。
 というより、後で聞いたらロフト・プラスワンでアニメ関係のトーク・イヴェントはそれが最初だったらしい(特撮関係だとよくやっていたので不思議だが)
 人が集まるんかいなと思いつつ、メイン・スタッフ(残念ながら岸田隆宏さんは参加せず)は集合した。清水香里さんといったキャストは到底呼べなかった(それを考えても『クラブサイベリア』は凄かったのだが)
 驚く程に溢れんばかりの人が集まってくれた。事前予約など一切なく、告知も多分ウェブだけだったのだが、当時のハコの動員記録まで作ったという。
 イヴェントは夜なので、リアルな少年少女は当然いない。20~30代男性が圧倒的だったと思う。
 中村隆太郎監督が、こういうイヴェントに登壇したのはこれが最初で最後だったのではないか。

 何を話したのかも全く覚えていないが、今も残っていて驚いたlainのパロディ・ショート・ショート掲載サイト「おーぷん・ざ・ねくすと!」を見た事がある人、という観客への質問で、半分近くの人が手を上げ、しかも作者の人も来ていた。思えばあれは大規模な字義通りの「オフ会」だった。
 来ようと思った人も、他に誰が来るのかという興味で来ていたのだと思う。
 

 翌年春、いきなり飛び込んできたのが「文化庁メディア芸術祭」の優秀賞に選ばれたという椿事。
 へぇ、一体誰が選んでくれたのかと思っていたが、後で聞いたら、選考委員のお一人であったモンキー・パンチ先生が強く推薦して戴いたと知り大変恐縮した。
 授賞式が初台のオペラシティのホールで行われ、まあ授賞式自体は受賞者の中村隆太郎監督と上田Pだけが居ればいいのだが、何となくメイン・スタッフが集まって、この時は岸田さんも来られていた。
 隆太郎さんにとってもこれは栄誉な事だと思っていた筈だ。
 慎ましやかに受賞記念としてリリースされたのがbôaの「Tall Snake EP」(JJのCyberia Mixを含むDuvet三種とアルバム未収録曲を含むミニアルバム)。ジャケットは岸田さんが描かれた。


lain」のその後は、ここまでが全て。後は2010年のBD-Box発売記念イヴェントまで何もなかった。

 だから、20周年だと言われても現在の版元であるNBCユニバーサルが何かをする筈もなく、ただの「懐アニ」の1本として少数の人に記憶されるだけ――だと思っていた。
 ファンの人達が自らイヴェントを企画・開催して、夢の様な一夜が実現された事は「serial experiments lain」というアニメが今、最も誇れる事なのだ、と思っている。

 

追記

 角銅博之さんからロフト・イヴェント時の写真を送って戴いた。

 ステージから撮った写真はちょっとお見せ出来ないが、隆太郎さんのいい笑顔。
 角銅さんありがとうございます。

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追記2】

 えあドッターさんが当時の記録を発掘してくれた。
 年内ではなく翌年2月。岸田さんも来ていた。昼の部だった。
  う~~~~ん……。記憶って……。

 

an omnipresence in wired

 

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 「lain」の安倍吉俊画集「an omnipresence in wired(遍在) Yoshitosi ABe」(かつてソニー・マガジンズから発売されていた)が復刊ドットコムで復刻版として発売された。
 ゲーム、アニメ双方の為に安倍君が描いた多くの版権彩色イラスト、モノクロスケッチ、おまけマンガ「だめだめレイン」(玲音がシリアル好き設定の元ネタ)「ちびちびレイン」、描き下ろしのカラーコミックと、雑誌AX誌に連載していた「Layers」が完全収録されている。

www.fukkan.com ※復刊ドットコムでの購入者にはポストカードの特典がある。

 

 この「Layers」は、ワイドA4見開きの紙面を使って、安倍君の毎回アプローチが異なるイラストレーションに、私のテキストを組み合わせたもので、アニメのサブタイトルに沿ってはいるものの、ゲーム版に属するコンテクストも含まれ、またアニメ版では描いていない様な独自なものにもなっている。
 数年後に出たワニマガジン版ではオミットされていたが、「Layers」を回顧する対談がこちらには収録されている。何でこういうものになったか成立過程を詳らかにしよう、という意図だったのだが、連載後そう間もない時期だったのに二人とも覚えていない事柄も多く、自分達にとっても謎な部分がある。
 安倍君も私も、アニメの製作と同時進行だったので仕方ない。

 この時に私が書いたテキストは、私自身が手元に残してなかったのでうろ覚えだったのだが、連載のプレヴュウ的なLayer:00は、あくまで安倍君によるイラストがメインでテキストは飾り扱い(いや、連載も基本はずっとそういう扱いなのだけど)。
 プログラムの行の末尾、// 以下に書き加えられたコメントアウトに、意味の在り気な言葉を書き込んだだけだった。

 連載の正規な一回目は、まだアニメが放送される以前の掲載で読者には「何が何やら」の時期。読み返してみると、私達が「serial experiments lain」で何をしようとしているのかについてのマニフェストになっていた。
 書き起こしてみる。

――――

"Weird Tale"--
これから語る事は虚構の枠組みをとっているにも関わらずそこに遍在する事象は現実の何かを象徴せるものでありかつここに言語として刻まれその言葉が敷衍していったその時には真実へ転化しているであろう事を予言しておく。

"Wired Tale"--
事象の一つ一つはそれぞれが自己の実在性を主張しその存在そのものは何に依るものでもなく個別のものとしてそれぞれの居る場所を欲している。
しかしそれもまた恣意的な概念の一つに過ぎずそれぞれは脳内のシナプス同様ロジカルにかつ無秩序に結ばれている事をここで相互の理解の為に確認しておく必要がある。

玲音はレイン。レインはlain
それぞれは異なりそれぞれが同一。
接続する事で始めて人は種としての意識を持つ。
接続する事は人を単なる末尾にあるもの“端末”などではなく中継するものというとして連続性を勝ち得る。
繋げられるという事は続けられるという事に他ならないのである。
それは単に座標軸状の連続性ばかりではなく経時的な連続性もまた同様なのであり、即ちこの接続が意識的に引き起こされた時、死者達が彼らが居るべき場所より甦りこの接続の起点となるべき時間座標にその姿を見せていくに違いない。
接続の起点とは、単に肉体を有している時間だという事がその時に諒解される筈であり、肉体持つ意味自体までも揺らぎ始める。
恐れてはならない、この語りを。
恐れねばならない、玲音を。

接続されている事を認識せよ。
おのれを連続させよ。

――――――

「、」を極力抜いた悪文なのはご容赦願いたいが、シリーズの1話から最終話まで、何を語ろうとしていたのか、抽象的にはもうここで私は文字化していた。

 このLayer:01が、私が先に記した同ポジの玲音の連画が描かれている回。

 徐々に文章量は減っていき(あんまり絵を邪魔しちゃいけないだろうと段々遠慮していった)、Layer:08 RumorsではJポップの歌詞的な散文を書いた。安倍君が描くありすを見られる。
 誰かこの歌詞で歌を作ってくれたら嬉しい(詞としての言葉は足りないので補って欲しい)。


 やはり最大の見せ場はLayer:11 Infornographyだろう。
「目指せケーブル10万本」という命題を(何故か)中原順志氏から与えられてのケーブル地獄。安倍君の描く四方田千砂もここで見られる。
 完成画より、次頁に掲載されている線画の方が圧倒される。


 私個人的な「エゴ」で、マドレーヌのくだりをLayer:13では安倍君にグラフィック・ノヴェル風に描いて貰った。ここでやっと(当時の)私は気が済んだ訳で、安倍君には今尚感謝している。

 

 本ブログを書き始めた頃は「復刊ドットコムにリクエストして」と書いていたのだが、ブログ執筆期間中に発売されたのは嬉しい(尚、オリジナル版の時から私には一銭も入らない約束になっている)

 

Layer:11 Infornography - Editing Infornography

 

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 今になってだが11話の補遺。

lain」のビデオ編集は、やはりInfernoではなく(もう型遅れな時期だった)、ハレオという当時最先端のシステムで行われていたそうだ。
 11話Aパート総集編は、上田Pだけではなく中村隆太郎監督自身も手をつけていて、34時間?くらいぶっ通しで作業をしたという話を、過日のファン主催イヴェント「クラブサイベリア」で出番を待っている間に上田Pから聞いた(いや、当時も聞いていたのだが私が忘れていた)
 二人同時に出来る筈がなく、片方が寝ている間にガーーーーッと片方がやり、疲弊して倒れ眠ってしまう間にもう片方がおもむろに起きてガーーーーッとやるという地獄。
 で、当然「俺がこうやったのに何でこう直すんだよ」という喧嘩が始まる。

 11話Aパートの34時間は流石に修羅場の権化だった(納品リミットとの闘い)が、毎回最終V編は大体そういう殺伐とした……、
 あ、いやダビングも「bootleg」にある上田Pと竹本晃氏の回顧対談によると、こちらもかなーり殺伐とした感はあった様で、ともあれスタッフは皆、愉しくなんて到底思えないギリギリな闘いをしてたのだった。

 私は7話、9話の映像製作をしたぐらいだが、9話の頃は熱があってフラフラ状態でやっていたとシナリオ本には書いてある(全く記憶が無い)。
 しかしそれが出来ただけでも貴重な体験だった。
 現場が動く時点で、シナリオライターに出来る事はもう無いのだから。

 で、今になって思うのは、「lain」の頃はそんな風に隆太郎さんもオール・アウト状態まで詰め切る元気があったのだなぁ、という事だ。
 2010年BD-BoxのHDリマスター作業、上田Pは往時の勢いで取り組んでいたが、隆太郎さんは電車に乗れず、約束の場所までも来られなかったのだから。

 


 さて、一通り全話の回顧を終えた。
 この後はAXの連載など、書き残した事を幾つか書いたら一旦終了となる。

 見直して自分でも驚くのだが、「lain」と「デジモンテイマーズ」は自分で意識していたよりもずっと連続性、対称性があって、それについてはTwitterアカウントのそもそもの趣旨でもあったので、書くつもりだ。