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serial experiments lain 20th Anniversary Blog

Layer:11 Infernography - Grayn

 

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 ありすはチャットをしているのではなく、「CUメール」という画像メッセンジャーを見ている。携帯機用アプリなので画質が悪い。

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 今なら日本はLINE寡占状態のIMだが、当時はICQというアプリがよく使われていた。「I seek you」でICQ
 なので仮想アプリとして「See You」=CUメールという名称にした。
 一時は流行るのかと思った携帯のテレビ通話も、いつの間にやらSkypeすらもあまり使われなくなってきたのは何故なのだろう……。(2018年現在)

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 ありすのNAVI端末は、発表されたばかりだった初代iMacがモデルなのは言うまでも無い。スティーヴ・ジョブスが劇的に復帰して発表され、トランスルーセントなポリ樹脂の外装とおむすびみたいなデザインはコンピュータを劇的に変えたと当時は思えた。
 しかし直に液晶の時代が来るのだが。
 安倍君がこのデザインを描いてきた時、皆「やっぱりこう来たか」と笑ったのを覚えている。
 当初はこのボンダイブルーのみだったが、多色展開になった時に私はグレーのiMacを実家用に購入した(のちに粗大ごみ化)。


 樹莉はありすが先生とワケありな「噂」を解消するべく、グループデート(合コン)を企画していると言うのだが、ありすは「噂」ではない事に困惑している。
 どうも自分と樹莉、麗華達との認識にはズレがあるのは何故か――

 

 

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 その答えが、ありすの部屋に訪れる。
 驚愕するありす。

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 ドアに灰色の長い指をかけ、半開きにした外側に立っているのは、赤と緑の縞柄セーターを着たグレイ、ではなく頭だけは玲音。

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 岸田さんの設定画には「ぐれいん」と命名されていたので、以降そう呼ばれる事になる。
 今の表現で言えば「無気味可愛い」。

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 半歩だけ足を踏み入れてはいるが、決して部屋の中には入って来ようとしないぐれいん。
 ありすの秘密を暴露したのは自分じゃない、と訴える。

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 ありすにはしかし、鮮明な記憶が残っている。
 あれは確かに玲音だったのだ。

 ぐれいんは、ありすの認識は変わらないと判っており、だから全部それを無かった事にするという。もうそれが出来るぐらいに自分は頑張ったと。

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 ただでさえ異様な、本来ここにいる筈のない玲音が、全く理解出来ない話をしている事にありすは堪えられなくなる。

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「怖いよぅ」と涙を零すありす。

 

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 この場面までは、まだ玲音の側の「気持ち」を視聴者は同情的に共感出来ている。
 しかしここからの展開は、共感の主体がありすへとドラスティックに切り替わる。
 5話、制服美香が恐ろしい思いをして帰宅すると、私服の美香と鉢合わせをした、あの場面を想起して欲しい。あれは「描写」だったが、それを「ドラマ」として描いていく。

 

 

Layer:11 Infornography - Rock Bottom

 

 ここからB-Part。
 岩倉家――

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 玲音は「ぐるぐる」状態で凄まじい仕事量をワイヤードで実行しているのだが、肉体は抜け殻の様にただ苦しみに堪えおり、ポンプの動作音だけが聞こえる静寂の中。

 

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 疲弊し、躯を傾がせていく。

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 横になった玲音の前に、英利が声を掛けてくる。
 玲音は部屋内に拡張し尽くしたNAVIを自分の躯にエミュレータとしてロードした偉業を讃えるが、あまりに一挙に処理をするとオーバーフローを起こすと忠告する。

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 玲音は「自分を機械みたいに言わないで」と抵抗するのだが、あまりに多くの情報に接すると一時記憶=キャッシュ・メモリの容量を越えて、以降何もLTP(長期増強)プロセスを経る事が無く、長期記憶が出来ない――という脳の実際の立ち振る舞いを思えば、x86コンピュータであっても脳と近しい働きをしているのだと私には納得がいく。

 しかし英利は冷徹に、玲音は実行プログラムなのだと宣告する。

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 玲音は何故ここまで苦しまねばならないのか。
 全く身に覚えの無い、もう1人の自分(lain)は何故あそこまで悪意ある行動をしたのか。
 もし英利の仕業であるなら、ここでのやりとりにはならない。

 玲音は認めたくないが、自分の中にあのlainの性質がほんの僅かな割合ではあっても、有していたのだという事実に向き合わねばならなくなる。
 そして、本当の、いや自分がそうありたい「玲音」は、lainがしでかした過ちを如何に自ら痛めつけてでも修復するのだ――。

 しかし、玲音の肉体は限界を迎えていた。

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 床に再び横たわる玲音。

 

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 夜の岩倉家前に、裸足で立っている玲音。
 この一連の場面は、従ってワイヤード内の描写だ。しかも「今」という時制で統率された空間でもない。

 歩き出す玲音。

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 電線の声(視聴者には聞こえない)に「うるさい」と呟き――

 

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「五月蠅い!」と叫ぶ。

 

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 と――、電柱の側に異様な不定形の何かがいて――、それは玲音の前を通過していく。

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 するとそこに立っていたのは、四方田千砂。

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 玲音は再会出来て嬉しいと思っている。

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 もうすぐそっちに行けるよと呼び掛けると、千砂は哀しそうに目を伏せる。

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 死ぬのは簡単じゃない。

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 背後から少年の声。

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 サイベリアでアクセラを過剰摂取し、錯乱して銃で自殺した、あの名も無き少年は、玲音を黄泉へと誘う。

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 ふと気づくと、既に銃は玲音の手の中に。

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 あぁ、やっと思い出した。この場面が問題になったのは、明らかに中学生である玲音が銃を持つという描写がコンプライアンス的に問題視されたのだった。
「レーザーサイトが照射しているので、これは光線銃なんです」という噴飯物の言い訳はこの時に私が言ったのかもしれない。
 実際撃つ様な場面ではないので、多分上田Pが説得してくれたのだろう。シナリオ通りに描写されている。

 玲音には、一度は銃を持たせなければならないと私は思っていた。ゲーム版と呼応させる為に。だが、普通の女子中学生(当時JCなどという言葉は無かった)が拳銃を持つというシチュエーションをリアルなドラマではなかなか描き難い。
 突拍子も無い表現や展開はさせていても、「lain」は私にはリアルな物語だったのだ。

 2話のアクセラ少年がワイヤードのレインに一体何をされたのか、何を言われたのかは不明なままだが、少なくともトリガーを引く切っ掛けを作ったのは玲音であった。

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 玲音は自殺しない事を少年に詰られる。
 既に、肉体に自分は固執していないのではなかったのか――?

 そう、この場面も玲音の精神状態が見せたディリュージョンだった。

 

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はっと見上げると――、玲音の前には坂道の下の住宅燈火ではなく、これまで見たことも無い、まるで異星の都市夜景かの様な風景が広がっている。

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 電線より遙か上空にて高速に信号が行き交っている。
 Landscape=風景というキーワードは、この後の話数で意味を持つ。


 玲音の極限状態の意識はこんな幻影を見る程に昏迷していた――。

 

 

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 11話A-Partの総集編、シナリオにある通り私の抱いた野心は「台詞が一切無い」表現だったのだが、台詞の抜粋も必然的に幾つかは用いられ、私の野心は潰えてしまった。

 


「台詞の無い」=映像だけで物語るテレビ・アニメというものを、後に同じ上田P原案の「TEXHNOLYZE」の1話目で、浜崎博嗣監督によって〈ほぼ〉実現する。実際には僅かにあるのだが、殆ど無い。主人公は「はぁはぁ」しか言わない。
 マッドハウスの当時社長には嫌味を言われたし、この1話のせいで今で言う「1話切り」した視聴者も出たのだろうが、私は今尚後悔していない。
 予定されたラスト・シーンが、言葉や台詞では全くフォロー不可能な情景である以上、物語の始まりにも言葉はあるべきでは無かったからだ。
 シリーズを通して見た視聴者なら判って貰えた筈だ。

 


※今年の夏コミで発売される「TEXHNOLYZE」のファンジンに浜崎監督と一緒に取材を受けた。

Layer:11 Infornography - Inforno

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 冒頭からアヴァン・タイトルのバンクにインサートされる新作カット。
 玲音が自らデヴァイスになっていく通過儀礼

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 ケーブルを結線し、スキンパッドも装着。

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 サブタイトルはこれまでの全てをマルチで見せきる野心的な試み。

 

 コンテ:中村隆太郎 演出:松浦錠平 作画監督:丸山泰英

 

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 シナリオ本には総集編にする事を私が提案したと書いてあるのだが、当然ながらそれは後押しをしただけに過ぎず、そうするしかない状況があったからだ。
 作画分量は減るにしても、新作は半分強あるし、画面処理、そして音響は全て普通の一本分(加工関係では通常回の倍)の労力はかかるので、中村隆太郎監督も担当スタッフも全く楽になってはいない。

lain」はオンエアに間に合わず放映出来ないという事態も無く、私が知る限り放映終了後にリテイクなどもしておらず、定められた期間でメインは勿論だが、現場の制作スタッフ、各協力会社の尽力された成果だ。
 私という脚本家が直接見聞出来る範囲は、アニメの製作プロセスに於いては極めて限定的な領域でしかなく、シリーズを作る上では各部門各部門に於いての創意や苦闘があった訳で、本ブログの記述はそういうものだと読んで戴ければ幸いだ。

 私が関わったアニメの中でも、プロデューサー、監督、キャラクター原案(事実上のコンセプト・アーティスト)、飛び道具的デジタル画面製作(本当はゲームのディレクター)の距離感がこの作品ほど密接だった経験は無い為、様々なエピソード記憶を持っているのでこうして書けている。

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 さてこの11話の前半A-Partは、「Re-Mix Version」というコンセプトでここまでの話数の映像をモンタージュする。「lain」なので、視聴者は物語性を見出し難い構成。
 シナリオは11分の尺分を埋めるテキストをダラダラと書いているが、これは私自身が後半のシナリオを書く上で、通常の22分の尺感覚を掴む為にアリバイとして記したものでしかないのだが、読み直して見るとここまでの話数の自己批評的な観点もあって、「この時はこう考えていたんだな」という記録にもなっていた。
 内容については「シナリオエクスペリメンツ レイン」を是非お読み戴きたい(ダイレクト・マーケティング)。

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 リミックスは上田Pが担当。
 インサートされるテキストの文面も全て彼による。
 ゲームの「Make me sad, Make me mad, Make me feel alright.」やシリーズの「Close the wold, Open the next.」といったキャッチ・コピーも彼によるもので、私には意味はさっぱり判らない。
 
 ともあれ日本でlainの映像を誰よりも見て知り尽くしているのは彼だろう。単なる抜粋ではなく、過半数のカットはビデオ再撮影、After Effectsでのフィルタ処理などの加工を施されている。繋ぎ(編集段階)でInfernoを使ったかどうかは覚えていない。そろそろノンリニア編集が広まり始めていたが、放送映像用特殊効果機器の最高峰のInfernoは、私がディレクター時代、1回だけ使う機会があった。1時間当たり10万円の価値は間違いなくある。多くの特殊な効果や編集をほぼリアルタイムで作れてしまうものだった。

 今話のサブタイトルは Inferno(地獄)と Pornographyの掛け合わせた造語なのだが、ここでInfernoという語を持ち出したのは、内容的に記憶の地獄となる印象を想定してのものであると共に、特殊効果機器のInfernoというものも連想の中にはあった。

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 千砂の飛び降り現場にいる玲音、一度だけ一緒に帰った時の場面が新作カットだが、後者はこれでもかとフィルタが掛かっているので違和感がなく、こういう場面があったと錯覚させたかったと思う。

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 ザッピングで混入するニュース風実写。表示されている時刻は、放送時のリアルタイムに合わせられている。

 玲音が人工リボゾームのホムンクルスなのかは、英利が言っただけで私は決めつけてなかったので、このロールインするニュース内容には放送後、書きすぎだとクレームをつけた。

 

 

 改めて見直して「ナイス!」と思った繋ぎが、十字路に立つ玲音と雑踏の中に立ち尽くす玲音を重ねたところ。

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 モンタージュの終盤は明らかに、ありすのカットが多くなってくる。
 視聴者に何を感じさせたいか、意図が暗に伝わっていく。

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シリーズの終わりで玲音は――

 

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 実際にはこの時制よりもうちょっと早い時期――、7,8話辺りのホン読み会議の時だったと思う。
 私は予定を1時間勘違いしてトラスタに来てしまい(そういう事はままやってしまう)、1階の会議室兼試写室でぼうっと時間を潰していたら、私を見掛けたスタッフが中村隆太郎監督を呼びに上へ行ってくれたらしく、隆太郎さんが降りてきてくれた。

 二人のみで話すのは、忘年会以来。私はこれ幸いと、シリーズのエンディングで玲音をどう描くか、率直に意見を聞いた。
 本ブログで書いてきたとおり、拳銃で自分の喉を撃ち抜くゲーム版ムービーのラストを、実のところ私は1話を書いた時から既に変えるつもりだったのだが、全くゲームと乖離してしまうのも本意ではない。

 


 隆太郎さんも、エンディングについて「そういうんじゃない方がいいなぁ」という見解だったのだが、これはかなり控えめな表現だったと後で判る。
 単に好き嫌いという軽い見解ではなかった事は、製作が終わってから知った。

 とても重い経験を、隆太郎さんと奥様はしておられたのだが、それは私がここで軽々に書ける話ではなく、書く資格を持たない。

 

 また隆太郎さん自身の事もあって、「神霊狩 -GHOST HOUND-」については、この「lain」回顧の様にクロニクルを書く気には当面の間はまだなれないだろう。
(ざっくり回顧は『このアニメ映画が見たい!』という本にて記している)。

 

lain」は20周年という記念の年であり、20周年をファンの方々が祝ってくれるというワイヤードの一部の空気感が出来ていたから、私自身殆ど20年振りに全話を見直し、覚えている限りの事をここに書く事が出来ている。
 良くも悪くも、記憶が風化しつつあるのかもしれない。

 


 ともあれ、シリーズ版「lain」の結末――、玲音がどうなるのかについては、ムービーのラストではなく、クリアしたユーザだけが体験出来る事を、テレビ放送で試みようという考え方に定まっていき、上田Pに話して了承を得た。
 しかし、ゲーム版のあのボーナス・イヴェントに匹敵するだけのイヴェント性を如何に生み出すか――。シナリオでどうこうの部分ではないなとも思い始める。
 この後については、最終話の回顧で記そう。

 

 

先達への畏敬と独自性の確立

 

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serial experiments lain」は他に例がない様な独自な内容・表現をする野心で作っていたが、テレビ・アニメという枠なのだから何れかのジャンルには区分される。
 サイコ・ホラーと思われるのは個人的には心外なのだが(怖がらせようという意図で作ってはいないので)、表現から言えば拒めまい。
「プレゼント・デイ プレゼント・タイム」と宣言しているのは、今(1998年)の日本を違うフェイズで見たら、という意味であり、近未来SFではない。

 

 テレビ・アニメで斬新なサイバー表現が描く事が可能なのだろうかについて悩み検討した事は本ブログで幾度も述べてきた。
 中村隆太郎監督が選んだのは、普通に原画として描き、セルに仕上げて撮影する、コンヴェンショナルなアニメーション表現だった。勿論そこには幾多のデジタル効果やノイズ付加などの処理を経るが、透過光という出崎統監督が開拓した技法での表現も独自なものへと進化させた。

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 アニメーターによって描かれるという事で、徹底的にメタファーとしてサイバー空間を具体的な映像にし得たのは、コンテ、演出、作画、後処理と全てを中村隆太郎監督が一元的に統括したから出来たのだと思う。

 

 

 伊藤和典脚本、押井守監督の映画「攻殻機動隊 GHOST IN THE SHELL」(1995)を、越えられはしなくとも、テレビ・シリーズとしては独自な表現を提示出来たかな、と思っているのだが、実はシリーズとしての物語に於いては、このコンビ作の別の作品が私の前には大きな存在として在った。

 シリーズ版「lain」では、ドラマを描かねばならず、玲音と対峙する存在が必要であり、普通の人間では物足らないのでそれを「ワイヤードの神」とした訳だが、この在り様は「前に見たことがあるぞ」と思った。


機動警察パトレイバー the Movie」(1989)という劇場1作目がそれだった。(※岸田隆宏さんも原画参加されている)

 

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 パトレイバーの映画では1作目が好きだ、という話を「神霊狩 -GHOST HOUND-」の時に岡真里子さんとした(同意見だった)覚えがあるのだが、かなり影響も私は受けていた様だ。
 既にこの世にいない、本編にキャラクターとしては登場しない最終敵が仕掛けた、自然災害を人工的に拡大するテロ計画に立ち向かう特車二科を描くストーリーで、異なる見方はあるかと思うが、この映画のヒーローは千葉繁さんが演じたシゲさんだった。
 このテロ計画は、篠原重工製品のレイバーにインストールされたHOS(HobaのOS)に仕掛けられていた。

 

lain」に登場するコンシューマ用OSはCOS (Communication OS)。
 エンタープライズ仕様はCopland OS Enterprise。

 

 

 さて、ネットを介して現実世界に何らかの影響を及ぼそうとするなら、まずは基本システム OSを狙うのは当然の選択だ。
 だから「lain」では特定OSに囚われずネットに接続するには必ずや必要な IP インターネット・プロトコルというネットのインフラを狙う事にした。プロデューサーと喧嘩をしてまで固執したのは、そうでないと独自性が保てないからだった。

 そして、「神」。
 パトレイバー映画ではキリスト教のモチーフを多用してイメエジを統一していたが、本作では特定の宗教観には極力近づかない方針にした。
 そして、死亡したまま亡霊の様に扱うのではなく、「生きて」喋るキャラクターとして登場させねばならなかった。

 英利政美というキャラクターは、現れる必然が絶対的に在った。

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 さて、実際に登場させてからだが、中村隆太郎監督に何度も言われた事がある。
 それは、「英利の考え方には一理あるよね」という事で、彼の立場としての極論を言わせていた私は当初面食らったのだが、徐々に「そうだな」と思う様になった。

 前後して取り組んでいた「ウルトラマンガイア」での、前半の好敵手=藤宮(ウルトラマンアグル)の地球原理主義(今で言えばエコテロリズム的な考え)も、頭の中の何分の一かでは「――というのも正論だよな」と思って書いていた。

 

 

 

 

Layer:10 Love - Wrapped with wires

 

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 ナイツのメンバーを暴き出す為に、玲音は自らの身体にワイヤーを巻き付け、唇にワニ口クリップをつけてまでワイヤードに没入せざるを得なかった。それはしかし、身体の機械化というよりも、自縛というメンタリティに陥っていた精神面の方が大きい。

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 MIBの二人が玲音の部屋に訪れてくる。

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 林とカールには態度の違いが見られる様になっている。

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「どうしてあんな事をしたの……?」

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 玲音は、自分が暴いたナイツのメンバーが抹殺されている事を知っていた。

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 カールは静かに、ワイヤードの神を崇める者達は除去されるべきで、世界中の彼らの仲間がその任務を遂行中だと言う。ワイヤードに神など必要ないのだと 
 ワイヤードは特別な世界ではあってはならない。あくまでリアル・ワールドのサブシステムであるべきだとも。

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 シナリオでは、玲音はもっと強く異議を申し立てているのだが、この描写では強い言葉は言えまい。岸田さんの設定画で「ぐるぐる玲音」と命名された状態では、玲音の意識は半分ワイヤードにあるのだ。

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 林は冷笑的に、玲音もワイヤードでは極めて異質な存在だが、“処理”されずにいる。どうやら「神の御加護」があるらしいと言って出て行く。

 カールはしかし、違っていた。

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 静かに、いずれ英利政美の残留思念プログラムもプロトコル7から除去されるだろう。
 我々にはあなたが何なのか判らない。
 自分の目を見せて言う。
「私達は未だにあなたが理解出来ない。しかし私は、あなたが好きだ。不思議な感情ですね、愛というのは」

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 玲音にとっても、これが自分が望んだ結果なのか判らない。
 目を閉じて、ワイヤードに没入する。

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 だがそこは岩倉家前の坂道。
 ここがリアル・ワールドではなく、英利と会う仮想世界なのだとはっきり判るのがこのカット転換。

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 荒々しい「線」のエフェクト・アニメーションが、風の強さを実感させる。


 玲音は英利に訊ねる。「どうするの? お祈りする人がいなくなっちゃったよ」

 英利が姿を現す。ワイヤードなので、浮遊するのも現れるのも自在なのだ。

 英利は、一人でも神を崇拝する者がいれば神でいられると言う。

「誰?」

「いやだなぁ、君だよ。君が君でいられるのは僕のお陰だ。君はもともとワイヤードの中で生まれたのだ。ワイヤードの中の伝説、ワイヤードのおとぎ話の主人公――」

 玲音は「嘘――」と拒否する。

「リアル・ワールドの岩倉玲音はそのホログラムに過ぎない。人工リボゾームによるホムンクルス。君の実体などもともと無かったんだよ」

「嘘だよ……」

「嘘の家族、嘘の友達――、そう全部嘘だったんだ」

「嘘だよ、そんなの……」

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 玲音は自分の家を振り返る。

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 涙で滲んで像は歪み、不確かな形になっていく。

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 英利は玲音のすぐ傍らに来て、玲音の片側だけに下げた髪の束を握る。

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「可哀相な玲音。もうひとりぼっち。でも僕がいる。愛している僕がいる。君をこの世界に送ってあげた僕を、君は愛してくれる筈だ――」

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 さて、英利が告げた「玲音の出自」は本当なのだろうか。
 シナリオを書いていた私は、「かもしれない」程度の確度しかないと思っていた。だから英利の主張を裏付ける様な客観的証拠はイメエジでも一切提示しなかった。

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 だが、隆太郎さんも上田Pも、「その可能性が高い」と解釈した様だ。

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 玲音は――、英利の言葉を拒絶する。

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「もう一人のあたしが――」
「もう、一人の君じゃない。一人の玲音なんだ」

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 玲音は突き放してレインの強い言葉で英利に抗う。

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「どっちでもいいよ! そんなの!」

 レインの感情のあまりの凄まじさに、英利は圧される。

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 送電線がぶち切れ、地面にのたうつ。

 

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 玲音は一人ぼっちで、そこに立ち尽くしている――。

 

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 画面設計は岸田隆宏さん。多くのカットがそのまま原画となった。
 そして今回の作画陣。

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 ほんの数秒分だが、私担当の映像製作はこれが最後になった。

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 実写を投入するなど、シナリオでやれる手は尽くしたが、どうしても次話は現場が厳しく、A-Partは総集編にせざるを得ないと上田Pから告げられた為、今話の後半は情報量を圧縮せざるを得なかったのだが、結果として静的な前半とテンポが速い後半というコントラストが作れたし、これで良かったと思っている。