冒頭からアヴァン・タイトルのバンクにインサートされる新作カット。
玲音が自らデヴァイスになっていく通過儀礼。
ケーブルを結線し、スキンパッドも装着。
サブタイトルはこれまでの全てをマルチで見せきる野心的な試み。
シナリオ本には総集編にする事を私が提案したと書いてあるのだが、当然ながらそれは後押しをしただけに過ぎず、そうするしかない状況があったからだ。
作画分量は減るにしても、新作は半分強あるし、画面処理、そして音響は全て普通の一本分(加工関係では通常回の倍)の労力はかかるので、中村隆太郎監督も担当スタッフも全く楽になってはいない。
「lain」はオンエアに間に合わず放映出来ないという事態も無く、私が知る限り放映終了後にリテイクなどもしておらず、定められた期間でメインは勿論だが、現場の制作スタッフ、各協力会社の尽力された成果だ。
私という脚本家が直接見聞出来る範囲は、アニメの製作プロセスに於いては極めて限定的な領域でしかなく、シリーズを作る上では各部門各部門に於いての創意や苦闘があった訳で、本ブログの記述はそういうものだと読んで戴ければ幸いだ。
私が関わったアニメの中でも、プロデューサー、監督、キャラクター原案(事実上のコンセプト・アーティスト)、飛び道具的デジタル画面製作(本当はゲームのディレクター)の距離感がこの作品ほど密接だった経験は無い為、様々なエピソード記憶を持っているのでこうして書けている。
さてこの11話の前半A-Partは、「Re-Mix Version」というコンセプトでここまでの話数の映像をモンタージュする。「lain」なので、視聴者は物語性を見出し難い構成。
シナリオは11分の尺分を埋めるテキストをダラダラと書いているが、これは私自身が後半のシナリオを書く上で、通常の22分の尺感覚を掴む為にアリバイとして記したものでしかないのだが、読み直して見るとここまでの話数の自己批評的な観点もあって、「この時はこう考えていたんだな」という記録にもなっていた。
内容については「シナリオエクスペリメンツ レイン」を是非お読み戴きたい(ダイレクト・マーケティング)。
リミックスは上田Pが担当。
インサートされるテキストの文面も全て彼による。
ゲームの「Make me sad, Make me mad, Make me feel alright.」やシリーズの「Close the wold, Open the next.」といったキャッチ・コピーも彼によるもので、私には意味はさっぱり判らない。
ともあれ日本でlainの映像を誰よりも見て知り尽くしているのは彼だろう。単なる抜粋ではなく、過半数のカットはビデオ再撮影、After Effectsでのフィルタ処理などの加工を施されている。繋ぎ(編集段階)でInfernoを使ったかどうかは覚えていない。そろそろノンリニア編集が広まり始めていたが、放送映像用特殊効果機器の最高峰のInfernoは、私がディレクター時代、1回だけ使う機会があった。1時間当たり10万円の価値は間違いなくある。多くの特殊な効果や編集をほぼリアルタイムで作れてしまうものだった。
今話のサブタイトルは Inferno(地獄)と Pornographyの掛け合わせた造語なのだが、ここでInfernoという語を持ち出したのは、内容的に記憶の地獄となる印象を想定してのものであると共に、特殊効果機器のInfernoというものも連想の中にはあった。
千砂の飛び降り現場にいる玲音、一度だけ一緒に帰った時の場面が新作カットだが、後者はこれでもかとフィルタが掛かっているので違和感がなく、こういう場面があったと錯覚させたかったと思う。
ザッピングで混入するニュース風実写。表示されている時刻は、放送時のリアルタイムに合わせられている。
玲音が人工リボゾームのホムンクルスなのかは、英利が言っただけで私は決めつけてなかったので、このロールインするニュース内容には放送後、書きすぎだとクレームをつけた。
改めて見直して「ナイス!」と思った繋ぎが、十字路に立つ玲音と雑踏の中に立ち尽くす玲音を重ねたところ。
モンタージュの終盤は明らかに、ありすのカットが多くなってくる。
視聴者に何を感じさせたいか、意図が暗に伝わっていく。