意識変容状態で気づくと、美香は渋谷交差点の真ん中でへたり込んでいた。
その美香を見ている、歩道の人々はまるで人間ではない何かに変容していく。
魚眼レンズ接写はこのシリーズで度々導入されるカットで、リアルに像を歪ませている(Distortion)。
キャメラが引くと、ナイツの紋章が地面に染みのように描かれている。シナリオではプリント基板の様なテクスチュアと書いていた。
美香の人格破壊はナイツの関与したものも契機の一つではあったのだが、本質的には彼女自身が招いたものなので、ここでナイツの存在を強調する意味は実のところ、あまり無い。
ハッと気づくと、今度はありす達が居たファミレスで、コーヒーを前に座っている自分に気づく。記憶に欠落が生じている事に恐れた美香は、思わずカップを倒して濃い色の液体をテーブルに零してしまう(タロウのコーラと反復している)。
慌ててティッシュで拭おうとすると――、液体がテーブル上の油状の部分をはじき始め、文章が現れる。あのティッシュに書かれていたのと同じ文言。
更に、さっきまでは多くいた他の客も店員も、誰もいなくなっている。
何が起こっているのかもう判らない。
近くのデパートのトイレに逃げ込んだ美香――、
ここからはひたすら美香の恐怖を視聴者に共有して貰う為のパートであり、表現としては完全にホラーだ。
他に誰もいなかった筈なのに、個室から気配を感じ、(よせばいいのに)誰かいるのか確かめようと、個室の半開きのドアを――、そっと手を伸ばして――
結局中には誰もいない。しかしそこまでの溜めに溜めたプロセスの演出が、ホラーの本質なのだ、というのが所謂「小中理論」で、詳しくは「 恐怖の作法 -ホラー映画の技術」(河出書房新社)を参照されたい(ステマ)。
しかしそれで終わりではなく、ドアの内側にくだんの文句がいっぱいに書かれていて、恐怖の頂点に達する。
ここで「お話」パートのラスト4つめ。当然の様に康雄が話し手となるが、彼はリアル・ワールドの神の実在を否定し、ワイヤードの神の存在を期待する旨を話している。
「かみさま?」
この回は口のアップで、単なる口パクではなく日本語をきっちり喋るアニメーションが何カ所もあって印象的だ。
そして康雄が本当の「パパ」ではないかもしれない事も玲音は疑念を抱き初めてはいるのだが、それは玲音にとって認めたくない真実だった。
やっと家に帰る事が出来た美香、ドアを閉じた事でやっと自分は安全な領域に帰ってこれたという安堵。しかしそれはほんの束の間。
廊下を過ぎろうとしている――、私服の美香(夕餉の場面の時の服)。
しかし私服の美香は玄関の方を、何か気になるという程でもなく無感情に見つめる。
制服の美香はもうこの異常な混乱に堪えられなくなって――
私服の美香の視線の先には、誰もいない玄関。
玲音も自室から降りてきて(夕餉の時の服)、「どうしたの?」
美香は無感情で「なんでもないよ」と言い、食堂へ行ってしまう。
玲音が玄関を見やると――、「制服の美香」の残留思念の様な、抽象的な何かがそこに浮かんでいたが、やがて消失していく。
これは隆太郎さんのラフがあったに違いない。
「lain」では亡霊の様な描写を多々してきたが、この残留思念美香が最も独創的な表現になったと思っている。
玲音は寂しげにそれを見ていたが、自分は何も出来ない。
その後、あの夕餉の場面にループしたのだろうがそこは割愛。
真っ暗な玲音の部屋は既に拡張されたNAVIの世界になっている。
そして――、NAVIのインテグレーテッド・カメラに向かって玲音は言う。
「今日は、誰?」
今話後半の描写がどこまでが劇中で現実に起きたのか、どこまでが美香の妄想なのかは、20年経ってはいるものの、私自身にも明確には区別出来ていない。