
玲音は青い目のMIBに随行する事を承諾した。
シナリオでは新橋の雑居ビルなのだが、周りの風景はあまり新橋っぽくはない。
ここからの長い場面は、冷戦時代のスパイ物的なドラマになっている。

狭いビルの階段を上っていくと――

橘総研のオフィスだと書かれている。
橘総研はCopland OSやCommunication OSのベンダーなのだが、ここが実際にそこと関係があるのかは判らない。

林に背中を押されて中に入ると――

ガランとしたほぼ空の部屋の奥で、中年男性が分解されたNAVIを前に途方に暮れた風情。
シナリオでは、ムーグ・シンセサイザー(今は本来の発音、モーグと記すのが通例だが、世代的に親しんでいたのでこう呼んでしまう)のパッチ・パネル(シールド線で繋ぐ)をイメエジした機器と記していたが、一般的なPC/AT互換機のNAVIに描かれている。

黒電話とモデム。

玲音に話しかける男は、「黒沢」と名乗る台詞があったのだがオミットされ、謎の男のままとなったが、ここでは便宜上「黒沢」と記していく。
どうしても本社のファイアウォールに認証されない。アプリではどうにもならないと玲音にぼやく。

じっと機器を見つめていた玲音、ハッと気づく。

行儀良くスカートの裾を巻き込みながらしゃがみ込み、ここのジャンパを抜いてという。

男はピンセットを手渡し「すまないが、お願い出来るかな」。

玲音は確信的に、ジャンパ・ピンを抜く。今のマザーボードではあまり見掛けなくなったかもしれない。各種のハードウェア設定をこういうピンで設定する場合が多かった。

拡張カードを改めて挿し直し

電源を入れると――


Communication OS(最初の玲音のNAVIのOSもこれだった)が立ち上がる。
「いい雰囲気立ち上がってる……」

ここで玲音に何かを言わせるべきだった。
NAVIは「lain」と認識して認証してしまうのだ。
この辺のNAVIメッセージは中原順志君の普段の口調そのまんまだ。

黒沢は「ほう」と感心するが――
ワイヤードから玲音のアカウントに向けて、ねずみが必死に語りかけている声が飛び込んでくる。

玲音は訳が判らず脅えているが――、
ねずみのヴィジョンに映っている制服玲音に、ねずみは「あんたナイツだったのか!?」

制服玲音「ばーか」と罵る。
ねずみは、前話のKIDS再現計画を讃え、ナイツにかなり迫っている事を自ら証明するが、これが彼の命取りともなる。

このカットで上にスクロールしていくのはグレイ・タイプのエイリアン、ていうか「ぐれいん」の前振り。

黒沢はナイツというサイバーナキスト(サイバー無政府主義者/これも『ありす in Cyberland』からの引用)が対抗している体制側の人間であり、情報庁なる架空の官庁の役人であるらしい。ねずみの音声を容赦なく切って、玲音に尋問を始める。

玲音がワイヤードで極めて特異な存在として行動している事に懸念を抱いている。

「そ、そんな事言われても、あたし……」
ぶるぶると震え始める玲音。
ナイツが玲音を何らかの形で利用をしようという動きがあり、黒沢はそれを「どんな手段であっても」阻止するという。

「あなた、何? 誰?」と震えながら問う玲音。
ここでシナリオでは「自分は黒沢という事にしてくれ。黒の男たちには名前が無い」という台詞があるのだがオミット。
じっと玲音を見つめる黒沢、

そしてカールと林。

ねずみシークェンス終章。

ナイツの専用回線に侵入が成功したねずみは、ナイツが「デウス」というワイヤードの神を信仰している事も知っていた。ナイツが導くルートは人寂しいエリアへ。

この実写部分は、人寂しい所だったらどこで撮影しても良かったのだが(どうせグチャグチャに加工してしまうし)、やはりトライアングル・スタッフのある荻窪で撮るべきだろうと(勝手に)思い、環八通りの四面道近く、荻窪陸橋(という名称だが実質的にはアンダーパス)で夜中に撮影した。

遂にねずみは、ナイツのメンバーと邂逅する――
ナイツのメンバーに名前をつけなかったのは、シリーズも中盤になってゲスト・キャラをわさわさと作ってしまい申し訳ないなぁと思いながら、でもナイツのメンバーは顔出しさせないと、「lain」のサイバー表現には不可欠だとも考え、致し方なく作ったという罪悪感があったからだが、「アノニマス」な存在だからという一応の弁解もある。ただ、作画にせよ演出にせよ、キャスティング、演技に於いても「男」だの「女」だのが乱立して余計にややこしくしてしまい、酷く反省をした。

この三人のナイツが並ぶのと、ショウちゃんママのカットは、岸田さんが描かれた原画をセルに起こされたものを受け取ってスキャンし加工した。

最初はこういう風に作ったが、中村隆太郎監督は一見し渋い顔で「……もっと汚くして」とリテイクをさせられた。
ねずみヴィジョンもだが、私の納品はデータだったが、隆太郎さんは一度アナログVHSテープにダビングして、トラッキングを乱して更にノイズを加えるという徹底をしている。

これが、ねずみが見た最後の映像となる。

さてここからの芝居はシナリオとは大きく変えられている。

黒沢は玲音に矢継ぎ早に質問を被せていく。

親の誕生日をいきなり問われて答えられる人は少ない気もするが、今の玲音――、自分自身の存在が危うい状態の彼女は何も答えられず、ぶるぶると震えが全身を走る。」

「何も、判らないのか」

ストレスの限界で髪を掻きむしりしゃがみ込んだ玲音だったが――

「あーうるさいな」とゆらりと立ち上がる。

左右に揺れながら、「レイン」に変容していくこのアニメーションを見て、私は思わず隆太郎さんに「この場面凄いですね! 誰が描いたんですか?」と訊かずにはいられなかった。
隆太郎さんはニヤリと笑って、「ジブリ」とだけ言った。
私は岸田さんが描かれた部分以外は、誰がどの場面の原画を担当されたか全く把握していないのだが、この場面だけは知った。


レインにとってナイツなど大した存在ではない。
ワイヤードとリアルの境界が崩れてもいいのかという黒沢にレインは――

「面白いじゃん」、と嘯き、部屋を出て行こうとする。

この玲音からレインへの変容を、清水香里さんは唖然とする程鮮やかに演じた。それまでのおどおどし、あまりに儚い少女から強い自信に満ちた少女への変化は、決してカリカチュアされた「いかにも」なそれではなく、極めてリアルに、圧倒的な説得力を持っていた。
黒沢役・渋谷茂さんの、当初の「頼りない中年」から厳しい尋問者への硬軟の切り替えと共に、「lain」中でも最も緊張感のあるドラマを作り上げて貰えて、私はとても感激した。

「どいて」と出て行こうとするレインを、カールが腕を掴んで止める。

「君自身が危険なんだ」というカールの言葉は、彼の役割からのそれではなく、彼自身のもの。

睨むレイン。
そこに黒沢の――

「カーール!」という咎める声が飛ぶ。

レインはMIBの二人の間をぐいぐいと抜けて、「ふん」と出て行ってしまう。
シナリオでは玲音に戻っていたのだが。

さてこの尋問は成果があったのだろうか。黒沢は玲音、レイン共にその正体、何らかの意味のある言質を得る事はなかった。黒沢が属する体制による威圧抑制の行動制限も効力は無さそうだ。
にも関わらず、黒沢は何故か満足そうだ。
「彼女の言う通りだ。『面白い事』が始まるんだ」といった事を言うが、MIB達はその真意を図りかねている。
ここら辺のくだりは、隆太郎さんのここまでのコンテ変更を受けて私が台詞を差し込んだ気がする。
いずれにせよ、この後の話数での黒沢と部下であるMIBとの関係性には捻れが生じていく。こうした人と人との関係性の動的な変移を描くには、冷戦スパイ物は実に良い参照モデルだった。
あとはエピローグを残すのみなのだが、長くなってしまったので一旦ここで切る。