ホジソン教授が以前行った実験は「ケンジントン実験」というものであった。
子ども達の脳から微弱に発せられるPSI(マイクロPSI/超能力というより超知力)を脳外のアウター・レセプターという裝置によって採集し、ウィリヘルム・ライヒのオルゴン・ボックスの様な裝置に凝集・蓄積するという試み――というのが劇中語られる実験内容。
ケンジントンはロンドンの風光明媚な土地であり、この空中庭園の美術設定もそちらからの発想で作られたと思う。
しかし私の想定では、アメリカ、フィラデルフィアのケンジントン地区の事だった。
現在この地区は極めて治安の悪いエリアとして悪名を馳せているが、かつては地味な一地方区だった。
「ケンジントン計画(実験)」のモデルはシナリオ本注釈にも記した通り、「フィラデルフィア・エクスペリメント」という、UFOや陰謀論ではよく知られた実験だった。
1943年、アメリカ海軍は駆逐艦エルドリッジ号をレーダー不可視にする実験をフィラデルフィアの海上で行う。不可視化にはニコラ・テスラのテスラコイルを用い、船体全体を電磁的に包むというものだった。
しかし実験が開始されると、エルドリッジはレーダーどころか目視出来なくなり消失。再び現れた時には乗組員が悲惨な状態で発見された。鉄の壁に半身が埋まっている者もいたという。生存者も殆どが正気を失っていた――。
我々に広く知られたのは、1979年に日本でも出版された「謎のフィラデルフィア実験―駆逐艦透明化せよ!」(徳間書店)で、著者はロズウェル事件を広く知らしめたチャールズ・バーリッツとウィリアム・ムーアのコンビだった。
今で言うステルス化は艦船でも当然ながら研究されており、シー・シャドウなどが1980年代にも建造されているが、ズムウォルト級ミサイル駆逐艦などが計画縮小されながら作られてきてはいる。しかし実用的とは未だ言い難い。
既存艦船をステルス化しよういう試みがあった事は何ら不思議ではない。潜水艦などがレーダーに感知されない様に船体消磁するのだし。
しかし、斯様な超常現象がフィラデルフィアで実際に起こったのかについては、ほぼ嘘である事は判っている。バーリッツらの本のネタ元はモーリス・ジェサップという博士・著述者の元に届いたカルロス・アジェンデ(アレンデ)という人物からの「レインボー・プロジェクト」(これが計画)に関するリーク文書だったのだが、彼からの続く手紙を読んだジェサップは車に一酸化炭素を引き込んで自殺してしまったのだ。
アジェンデは後に目撃されており、彼の虚言であったというのが(こういう話好きの間では)一般的な解釈となっている。
ちなみにこの実験は1993年にジョン・カーペンターのプロデュースで「フィラデルフィア・エクスペリメント」と映画化されたが、実験でタイム・トラベルしてしまうという腰砕けな内容で落胆させられた。
実験が行われていたとされる時期はマンハッタン計画が遂行されており、それのダミー説というものもある。
このフィラデルフィア実験はそれで終わらず、陰謀論的な「実験」系譜が続いた。80年代に矢追純一氏演出の番組でも扱われた「モントーク・プロジェクト」なるフィラデルフィア実験の後継的な実験プロジェクトが続いており、それに携わった人は奇怪な運命を辿ったという物語がデマにしても複数のソースで根強く語られてきている。更にこの計画はスターゲート計画や宇宙派遣軍といった完全にUFO/エイリアン陰謀説にも結びついているのだが、これ以上ここで深入りしても仕方ない。
超能力を公的機関が研究しているというのも「陰謀論」の一つでしかなかったのだが、2009年にジョージ・クルーニー主演・製作でコミカルに描かれた「ヤギと男と男と壁と」の原作「実録・アメリカ超能力部隊」(2007)で、極めて小さな規模ではあるが実際に米陸軍で取り組まれていた事が明らかになり、更にユリ・ゲラーがCIAで実際にテストを受けて優秀な成績だった事を含んだCIA文書が近年公開され、「アメリカ超能力研究の真実」(2018)という大部の本が出版され、「陰謀論」ではなかった事がやっと明らかにはなるのだが、世間的にはさしたるインパクトは無かった。
エリア51という場所がCIAが管轄する施設の中にある事も、CIAが公開したのは2012年過ぎになってからだったが(勿論UFOを隠しているなどとは言っていない。あくまで軍事実験施設)、これも世間の関心を呼ばなかった。
ともあれ、今話で描いた様な実験は荒唐無稽ではあるのだが、人道的に問題のある実験も、現実にミルグラム実験を筆頭に数多く行われてきたし、有り得ないとまでは言い切れない程度の虚構ではあったのだ。
中原順志君の作成したCGによる解説画面、KIDS Systemと書かれてしまっているが、実際には「Knowlede Integration Determine System」の略でK.I.D.S.のつもりだった。
そしてケンジントン実験は予期せぬ暴走をしてしまった。
話している二人が時空を越える場面は手書きアニメーションで描かれる光と影。
玲音はその実験が辿った悲劇を見て哀しむ。
壁にめり込んでしまった子ども達――
この後のシナリオの台詞が若干省略されてしまったので余計判り難いが、現在リアル・ワールドの子ども達に流行っている「女神召喚」ごっこは、子ども達特有の脳の作用を(ワイヤード経由で)統合し、ある種のエネルギーに転換して虚空に虚像を描き出すというものであり、そのメカニズムにはホジスン教授が廃棄した筈のKIDSの実験データが流用されている。アウター・レセプター裝置も要らない様なアップデートが為されており、教授はもし自分の生徒であるなら「A+」の評価を与えただろう、と皮肉を口にしていた。
しかしホジスン教授は実験で子どもの命が失われた事で、社会的にも、己の人生も破壊し尽くされ、悔恨の念だけを抱いてここまで生き延びてきた。
玲音に告白をした事で、やっとホジスンは己に課した罰、生き延びる事から脱する事が出来た。
玲音は再び漆黒のワイヤードへと戻る。
1本道が、交差した十字路になっており、玲音はそこに立つ。
この構図は「神霊狩 -GHOST HOUND-」の1話でも描いたが、「辻」=クロスロードは何らかの決断を迫るポイントなのだ。
玲音はKIDSのデータをサルベージし、ワイヤードで拡散させた存在が何であるかを悟る。
「ナイツ!」