welcome back to wired

serial experiments lain 20th Anniversary Blog

一夜だけの幻のクラブが出現した

f:id:yamaki_nyx:20180709110518j:plain


 ファンによるファンの為のイヴェント、「クラブサイベリア」が無事、大成功となった。

 メディアの方も来ておられたし、レポ担当の方も撮影担当スタッフもいたので、詳細なレポはいずれ上がると思う。
 当日の午後一開場の様子をTweetで見ていたら、既にフロアは立錐の余地も無さそうという。GoPro HERO6+4Kモニタ+LEDライトで展示ファンアートやDJ/VJの様子を撮ろうと思っていたのだが、到底現場で組み立てるのは不可能そうなので、結構離れたところしか空いていなかった駐車場で組み立て、裸でケージごと持ち込んだ。
 だが、それでも動画収録など到底不可能という入り。

 スタッフ込みでCIRCUS TOKYOのキャパ上限(180)で、フロアでは収容仕切れず地上階のラウンジ(ファンアート展示場)にも人が溢れていた。
 ここで近田和生さんと20年ぶりの再会。
 今回のイヴェントはこの方無しでは成立し得なかったし、声優でDJな人は世界でも近田さんしか(多分)いないのでは。しかも、今回のイヴェントに合わせて急遽インディーズでCD「Cyberia Layer_2」をリリースされ(主催のシオドアさんの仲介で安倍吉俊君がジャケットを描く)、その物販ブースでファンにとてもフレンドリーな対応をされていて有り難いと思ってしまった。
 
 近田さんと挨拶をした後は、もう行き場を失い安倍君とスタッフ控え室になっていた半地階のPA卓裏にて待機するしかなかった。
 でも音は当然ながら最高の状態で聴けていたし、ステージは遠かったので、DJ達の様子はよく見えなかったのだけれど広い視界で見られた。

 埼玉で別作品のイヴェントに出演したその足で駆けつけてくる清水香里さんを待っていたら、いきなり「ぅおつかれー、ぅおつかれー」と言いながら上田Pが入ってきて、一瞬絶句。てっきり仕事で来られないと思っていたのだが、幸か不幸か予定が飛んで、こっちに来てくれたのだった。
 この時点で、トークに参加して貰う段取りは無かったのだけど、これは最強の当事者(原案)として喋って貰うしかない。

 


 清水さんも揃って、さあ安倍君のライヴ・ペインティング&トークの準備――、あ、その前にシオドアさんが「2話のサイベリア少年役」を演じる寸劇があったり(これは盛り上がった)、あちこちで同時多発な出来事があって、全容を全て把握している人は多分誰もいないと思う。
 運営スタッフのアテンドはきっちりした対応で、我々ゲストへの気遣いも素晴らしく、上田Pとしきりに感心していた。

 安倍君の機器の接続が難儀した様で、トーク開始時間が押してしまい、シオドアさんが孤軍奮闘しているのを見かねて、「もうトークだけでも始めよう」とスタッフに告げた辺りで準備も出来た。

 シオドアさん、土方ペチカさんのMCで、安倍君が舞台下手のライヴ・ペインティング・コーナー。清水香里さんと私でのトークが始まったのだが、私は早く上田Pを呼びたくてモジモジしていたかもしれない。
 
 PS版の質問が来たところで、上田Pを呼ぶ。まあ期待通り、ぶっちゃけた話になって、活字になると伝わらない彼の独特なニュアンスが伝わったと思う。
 もの凄い拘りと、ビジネスライクな割り切りと、クリエイター魂を持ったプロデューサーだ。
 PlayStation版の再販というかアーカイブは「誰かやって」。
 マジです。

 清水さんの話でやはり一番印象的だったのは、5話の録音後、帰宅してから気分が悪くなったという。
 5話で酷い目に合うのは美香なのに――と、その時は思わず漏らしたのだけれど、玲音にも群衆の中で佇立しぶつぶつ呟くという異常な場面があった。しかもその台詞はその場で私が書いた、「そもそもよく判らない内容のアニメなのに、なんでここでこんな事言わなきゃいけないのか全然判らない」と思わせる様なダイアローグだった事を、帰り道に思った。
 異常な話法を、それはそれで愉しめるのは、それなりに「普通はこう」という事を知っている層なのであって、製作時、玲音と同年齢だった清水さんには酷な事をさせてしまったのかなぁとも思うのだが、その後のJJとのコラボ・ステージで滅茶苦茶愉しんでいたし、そもそも「lain」に愛着が無ければファン・イヴェントにも来ない。安倍君の展覧会に行って、絵を自腹で買ったりもしない。
 あ、でもライターには恨みはあるのかもしれないが(冗談)。

 トークの中では、「中村隆太郎監督について」の各自コメントのところがハイライトだったと私は思っている。私自身はブログで書いている事もあり、あまり中身の無い話しか出来なかったのだが、上田P、清水さん、安倍君それぞれのコメントは何れも隆太郎さんという人を色んなアスペクトで描写していて、聴いていた人達にも像を結んだのではないだろうか。

 トークは終わり、"JJ"の最後のパフォーマンスが始まるのだが、ここで清水さんにも絡んで貰いたいので、私に台本を書いて欲しいとシオドアさんから依頼があり、二つ返事でOKして、その日中には書き上げた。

 


serial experiments lain」の続編などというものはそもそも有り得ない(完結している)上に、隆太郎さんが亡き今となっては、玲音とJJの台詞を書けるという、脚本家としてこれほど嬉しい依頼は無かった。

 実は最初「Play Track 44」という部分は書いていなかった(というかその発想が無かった)のだけれど、シオドアさんが自分用に作成していたTシャツのロゴを見て、「あ、いかん。そういう台詞があった」とやっと思い出して、翌日2稿目を送ったのだった。

 清水さんも20年振りに玲音を演じられるのは緊張した様だけれど、自前でくまパジャマをゴロゴロに入れわざわざ持って来られて、着てくれたのだから完璧だ。
 
 近田さんは、2nd Unit Music(劇伴第2班)竹本晃さんと共に、シリーズ製作終了後に「Cyberia Mix」というアルバムを作られ、「serial experiments lain」という作品の単に「暗い、難解」というイメエジ払拭にとても大きな貢献をして貰えた。
 だから今回のクラブサイベリアの様なファン運営によるクラブ・イヴェントという、普通に考えて無理な事を、無理を通して仲間を集め、頑張って実行させられたのだと思っている。

 
 清水さんが舞台を捌けて、少し休んでいる間はずっと上田Pと昔話をしていた。ブログでの記述に幾つか誤記があったのでその内訂正エントリを書くつもり。
 中原順志君、もしこれを読んだら上田Pに電話入れて欲しい。


 JJのパフォーマンスが絶頂に向かっている時間帯(フロアはマジに揺れていた)だったが、清水さんを早めに出してあげたかったので、ゲスト陣はここで失礼させて戴いた。


 間違いなく、超手作りイヴェントだったし、スタッフによる準備の大変さも、あの盛況ぶりで報われただろう。
 
 私がちょうど「デジモンテイマーズ」BD Box販促でTwitterをやっていたので、シオドアさんが「lainの20周年で何かやりたいんだけど」と呼び掛けている時から私は認識しており、VJ用の素材を提供しますよと言っていた。その時点ではせいぜい集まっても30人くらいだろうという規模だったのだが、徐々に想定規模が拡大していき、チケットは分割限定で時期をずらして発売されていったのだが(これも興行の今のやり方がまさにそう)、すぐに瞬殺が続き、最終的には抽選販売。
 来られなくて残念だった人も多かったとは思うのだが、普段から20年前に好きだったアニメのTwitter情報なんて、そうそう見出せるものでもないだろうし、これ以上大規模なハコでのイヴェントはリスクが大きくなってしまう。
 イヴェントの配信というのは私も含め、要望が各方面から出ていて、限定的な形ではあったのだが、U-Streamで(あまり宣伝はせず)流す事が出来たので、少しは救済出来たかなと思っている。

 版権物を扱う上では殆ど無理という事が、実現出来た。勿論20年前のものだから、という事はあるのだけれど。
 いや、20年前のアニメで、音楽? 幾ら何でも流行廃りというものが――、でもクラブ・ミュージックのベーシック・トラックは不思議な事に全然色褪せないどころか現役感があり、近田さんがアップデートする――

 何とも不思議な現象だなぁ、と、熱気溢れるフロアの上でぼうっと思っていた。

 予想していたけど、当時中高生という人が半分くらいで、もっと若い人(18歳!の人すら)も集まっている。特にイラスト系クラスタは若い。当然、放送後に知ったクチの人達。

 そういう人達に何がアピールしたのか、正直分析は出来ていないのだけれど、まあユニーク性に於いてだけは絶大な自信はあるし(それが良いかどうかは別な話。基本はやっぱり『暗い・難解・不安感』のアニメなのだから)、これは寧ろ憂うべき事ではあるが、ネットの進化度が20年前の想定よりは遙かに遅かったので、劇中描写が意外と風化しておらず、ネットの持つ魔性と、僅かにはあるかもしれない期待・希望の様なものが、割と維持出来ているという事なのかな、と今時点では考えている。

 ともあれ主催代表のシオドアさんは毎週の様に大阪から東京へ来てミーティングを重ねられ、当日は我々のアテンド、MC進行、総監督と八面六臂での立ち回りでさぞや疲れただろう。私も若い頃(厭々だが)イヴェント仕切りをやった経験があるので判る。予定が押した時のストレスたるや寿命を数週間は縮める。
 サポート、映像出し、音響スタッフ、場内でパフォーマンスを披露しながら適度にブレイクを入れるコスプレ・スタッフ、ひたすらケータリングなどで走り回るスタッフと、あの狭い司令室(PA宅裏)をベースに献身的に動いていた。

 7月7日の「serial experiments lain」放送開始20周年記念イヴェント「クラブサイベリア」は、完璧に成功したイヴェントとして何の事故も起こらず、我々ゲストも、スタッフも、そしてチケットを手に出来た人達もみんなを「達成感」の笑顔で終われた事が何より嬉しかった。

 私も、これまた20年振りくらいに弟・和哉と実写映画でコンビを組んで、その撮影稿をキャストに合わせてリライトする作業が直前まであって、当日行けるのか危機的な瞬間もあったのだけど、前日までの雨が止んで晴れとなった当日の天気もあって、なんか色々と「まさか本当に神がいるなどと!」と脳裏を過る1日だった。

 取り急ぎ、スタッフの皆さん、来場者の皆さん、Twitter実況を見守っていた皆さんに、ゲスト全員の気持ちを込めて御礼を申し上げます。

 本当にありがとう。

 

Layer:12 Landscape - lain vs Deus

 

f:id:yamaki_nyx:20180703151134p:plain

 シナリオ本を見て貰えば、この場面の描写が如何に簡潔に記されているか判るだろう。
 玲音対英利の描写は、ほんの一瞬、派手な事が起これば良いと思い、ト書きには何も記していない。
 だが中村隆太郎監督がこの場面を簡潔に描く筈が無かった。
 ショウちゃんの場面をオミットしてでも、この場面を膨らませたコンテを描いた。
 そうした場面が成立するという目算無ければ隆太郎さんはコンテに描く筈がない。


 英利は「感覚だって脳の刺激でどうにでもなる。嫌な感覚など拒絶すればいい」と言う。

f:id:yamaki_nyx:20180703151140p:plain

 玲音は振り向き「そうなのかな」と答える。
 ありすには英利の姿も声も判らないので、玲音が誰と話しているのか判らない。

「その子が好きなら、どうして繋げてあげない?」

f:id:yamaki_nyx:20180703151147p:plain

「判んない」

 ありすは動揺して、「誰と話してるの!?」と訊く。

f:id:yamaki_nyx:20180703151153p:plain

 再び心を閉ざした玲音に英利は、「バグっている。いいよ、時間をかけてデバッグしてあげる。さあおいで」と、手を差しのばす。

f:id:yamaki_nyx:20180703151254p:plain

 ありす驚愕。

f:id:yamaki_nyx:20180703151300p:plain


 英利の手だけがホログラムで現れ、玲音に近づいていく。

 玲音は「判んないの。あなたの事、神さま」

f:id:yamaki_nyx:20180703151306p:plain

 ありすは玲音が神さまと話している事を悟る。

f:id:yamaki_nyx:20180703151412p:plain

f:id:yamaki_nyx:20180703151418p:plain

 玲音は英利がした事はワイヤードからデヴァイスを解放する事。電話から始まるネットが無ければ、彼は何も出来なかったという。

 英利は当然だと言う。それらは人間の進化に伴って現れたインフラなのだからと。
 最も進化した人間は、それにより高い機能を持たせる権利があると言う。

 玲音は振り向き、「その権利、誰がくれたの?」

f:id:yamaki_nyx:20180703151424p:plain

 英利はその指摘に絶句。

f:id:yamaki_nyx:20180703151431p:plain

「地球の固有振動をプロトコル7に組み込む事で、集合的無意識を意識に転送するプログラム――、それ本当にあなたが考えだしたの?」

f:id:yamaki_nyx:20180703151437p:plain

「何が言いたい――。まさか――、まさか本当に神がいるなどと!」

f:id:yamaki_nyx:20180703151523p:plain

 玲音は立ち上がって冷徹に言う。
「どっちにしろ、肉体を失ったあなたには判らない事」

 ありすに近づいていく玲音に英利は度を失って言う。

f:id:yamaki_nyx:20180703151536p:plain

「嘘だ! 僕は万能なんだよ! 僕が君をリアル・ワールドに肉体化させてあげたんだぞ! ワイヤードに遍在していた君に自我を与え、それに――」

f:id:yamaki_nyx:20180703151542p:plain

「あたしがそうだとしたら、あなたは?」

f:id:yamaki_nyx:20180703151548p:plain

「僕は違う! 僕は――!!」

f:id:yamaki_nyx:20180703151634p:plain

 英利は己の万能性を誇示すべく、周辺のアミノ酸有機物を基にその場で肉体を得ようとし始める。

f:id:yamaki_nyx:20180703151640p:plain

f:id:yamaki_nyx:20180703151646p:plain

f:id:yamaki_nyx:20180703151653p:plain

f:id:yamaki_nyx:20180703151659p:plain

f:id:yamaki_nyx:20180703151801p:plain

f:id:yamaki_nyx:20180703151807p:plain

f:id:yamaki_nyx:20180703151813p:plain

 最初は人間の姿になりかけるのだが、直ぐにその形状は破綻して異形になっていく。
 玲音は冷徹に宣告する。
「ワイヤードはリアル・ワールドの上位階層じゃない」

f:id:yamaki_nyx:20180703151827p:plain

「どういう訳だ!?」

f:id:yamaki_nyx:20180703151820p:plain

f:id:yamaki_nyx:20180703151919p:plain

f:id:yamaki_nyx:20180703151925p:plain


「あなたは確かにワイヤードでは神さまだった。じゃあ、ワイヤードが出来る前は? あなたはワイヤードが今の様に出来るまで待っていた誰かさんの、代理の神さま」

「代理だ? 嘘だあああ!」

f:id:yamaki_nyx:20180703151931p:plain


 英利の器官が二人を襲う。

f:id:yamaki_nyx:20180703152048p:plain

 舌なのか腕なのかも判らない何かが二人を捕縛し、持ち上げようとする。

 ありすはあまりの驚天動地の出来事に我を失い泣き叫ぶ。

f:id:yamaki_nyx:20180703152055p:plain

 玲音は必死に「ありす!」と叫ぶ。ありすを護らなくてはならない。

f:id:yamaki_nyx:20180703152101p:plain

 玲音は英利に強く言う。
「あなたには肉体なんて無意味なんでしょ!?」

f:id:yamaki_nyx:20180703152108p:plain

f:id:yamaki_nyx:20180703152114p:plain

 その玲音の言葉に呼応し――、
 玲音の部屋の拡張されたNAVI周辺機器――既に全ての機能は玲音自身にエミュレータとしてロードされたもの――が蠢き出す。

f:id:yamaki_nyx:20180703152201p:plain

 冷却フルード・タンクが破裂し――

f:id:yamaki_nyx:20180703152207p:plain
 無数のモデムが飛び出して――

f:id:yamaki_nyx:20180703152213p:plain


 パイプや無数のケーブルが生き物の様に脈動し――

f:id:yamaki_nyx:20180703152220p:plain

 出来損ないの肉体を得ようとしている英利に向かって凝集していく。

 ありすには耐えられない。

f:id:yamaki_nyx:20180703152226p:plain

 機器だった残骸の塊から、まだ腕を伸ばして逃れようとする英利――

f:id:yamaki_nyx:20180703152313p:plain

 すると玲音のメインNAVI(橘最新型 康雄が買い与えてくれた)が飛翔し――

f:id:yamaki_nyx:20180703152320p:plain

 とどめを刺す。

f:id:yamaki_nyx:20180703152326p:plain

 玲音は無感情でそれを見ている。

f:id:yamaki_nyx:20180703152333p:plain

 遂に英利の意識をリアライズした肉塊は、NAVIによって物理的に封印される。

f:id:yamaki_nyx:20180703152340p:plain


 ありすの神経は完全に限界を越えている――

f:id:yamaki_nyx:20180703152427p:plain


 私がこういうイヴェントをここに設けたのは、初期デヴィッド・クローネンバーグ映画の「精神が肉体を変容/損壊させる」というイメエジを見たかったからなのだが、ここまで凄まじいアニメーションで描かれるとは想定していなかった。
 2Dエフェクトでも処理出来るだろうとも。
 だが、サイバーな表現も徹底してセル・アニメーションで描いてきたのが本作だ。こここそアニメーションで描かねばならない、そう隆太郎さんと岸田さんは思われたのだと思う。

 結果、英利のメタモルフォーゼは岸田さんが描かれ、殆ど劇場映画、最盛期のOVAすらも凌ぐ様なカットが描かれて、異様なカタルシスがこの場面で生まれる。

 映画「AKIRA」を連想する人が当時から多かったが、ここで描かれている無からヒトガタ、更にもっとおぞましい肉塊への変貌と、重力に逆らう様な在り様、少女達への襲撃など、本質的には異質だと思う。いずれにせよテレビ・アニメで観られる描写ではない。
 しかも、ずっと気品のある語り口であった速水奨さんが、理性を失い足掻くという演技なのだ。

 玲音は、レインではなく玲音のまま英利に対峙しているのがドラマとしては重要だった。
 肉体としての岩倉玲音をリアル・ワールドに誕生させたのは、英利が言う通りなのかもしれない。しかし、玲音という存在自体は英利がプロトコル7を繋げる以前のワイヤードに、既に遍在していた。
 玲音とは一体どういう存在なのか――。

f:id:yamaki_nyx:20180703152434p:plain

f:id:yamaki_nyx:20180703152440p:plain

 ゲスト・アニメーター、監督、本シリーズの作監を務めた方々など、クレジットは2枚に及ぶ。ところさんも原画を描かれている。

f:id:yamaki_nyx:20180703152454p:plain


 こんな総力戦を12話でやってしまい、最終話はどうなるのかと、放送を見て一抹の不安を覚えたことを思い出した。

 

f:id:yamaki_nyx:20180703152532p:plain

 

Layer:12 Landscape - Friendship or/and Love

 

f:id:yamaki_nyx:20180703145733p:plain

 唯一明かりが灯る部屋に近づく。

f:id:yamaki_nyx:20180703145739p:plain

 ドアを、明け――

f:id:yamaki_nyx:20180703145744p:plain

 中に入ると――

f:id:yamaki_nyx:20180703145751p:plain

 部屋中を機器とケーブルが埋め尽くしている事に絶句するありす。
「これが――、玲音の部屋……」

f:id:yamaki_nyx:20180703145840p:plain

f:id:yamaki_nyx:20180703145846p:plain


 その声に、ベッドにいた者が反応する。

f:id:yamaki_nyx:20180703145853p:plain

 シナリオでは「ケーブルを着た」と表現していたが、くまを抱いて玲音は起き上がる。 この「ぐるぐる」状態を最初に考えたのは、玲音のアイコンである髪留めの形状からだった。
 もともとゲーム版の玲音は、電波を矢鱈と受信してしまう為に、それを遮断する為に片側の髪を長く伸ばして髪留めをしている設定だったのだが、シリーズではその由来には言及していなかった。
 自らを縛る――という表現をする為に、ケーブルに躯を巻くという描写を考えたのだった。

f:id:yamaki_nyx:20180703145859p:plain

 思わず「玲音」と呼び掛けるありす。

f:id:yamaki_nyx:20180703145905p:plain

 玲音の意識は朦朧としており、「あ、り、す?」と声を出すのみ。

f:id:yamaki_nyx:20180703150011p:plain

「なにを、したの……?」

f:id:yamaki_nyx:20180703150017p:plain

「なにも。ただ、見てた、だけ……」

f:id:yamaki_nyx:20180703150023p:plain


 シナリオ本注釈で、このダイアローグを演じた清水香里さんの事を称賛している。
 現時点での玲音の立ち位置は、ありすから見るとモンスターに近い。だが清水さんの声が、そうじゃない。元々そうじゃない、という事を何よりも雄弁に語ってくれている。

f:id:yamaki_nyx:20180703150037p:plain

 ありすは自分だけ記憶を残した事を強く訊く。

f:id:yamaki_nyx:20180703150147p:plain

f:id:yamaki_nyx:20180703150153p:plain

f:id:yamaki_nyx:20180703150202p:plain


 辛い記憶を何故自分だけが抱き続けねばならないのか。
 

「そんなに私の事が憎いの?」

 ここで初めて玲音が顔を上げる。

f:id:yamaki_nyx:20180703150214p:plain

「こんなの耐えられないよ」と涙を零すありす。

f:id:yamaki_nyx:20180703150208p:plain

 玲音、ありすに近づいていく。

f:id:yamaki_nyx:20180703150305p:plain

f:id:yamaki_nyx:20180703150311p:plain


「違うんだよ」

f:id:yamaki_nyx:20180703150318p:plain

「あたし、ありすを悲しませたくなかったから……」

f:id:yamaki_nyx:20180703150324p:plain


「うそ!」

f:id:yamaki_nyx:20180703150418p:plain

「ありすは、大丈夫だったじゃない」


「え?」
「ありすは、あたしが繋げなくても、あたしの友達になってくれた」

「何の事……?」
「ありすだけは、あたしの、友達」

f:id:yamaki_nyx:20180703150430p:plain

「繋げるって、何の事?」
「あたしと、みんなと――」

f:id:yamaki_nyx:20180703150436p:plain

f:id:yamaki_nyx:20180703150442p:plain

 耐えられず玲音から離れるありす。


「あたし、ありすが好き」

f:id:yamaki_nyx:20180703150537p:plain

「何を言ってるのか判ってるの? 玲音」

f:id:yamaki_nyx:20180703150543p:plain


 玲音の主張は
・もともと人間は無意識で繋がっていた。
・あっち(ワイヤード)とこっち(リアル・ワールド)、どっちが本物とかじゃなく、あたしは居た。
・玲音はワイヤードとリアル・ワールドとの境界を崩すプログラムだった。

f:id:yamaki_nyx:20180703150550p:plain


 ありすは玲音がプログラムだという話に当然戸惑う。

f:id:yamaki_nyx:20180703150556p:plain

 玲音は「ありすだってみんなだってアプリケーションに過ぎない。肉体なんて要らない」と言う。

f:id:yamaki_nyx:20180703150604p:plain

 やや茫然と聞いていたありす――、

f:id:yamaki_nyx:20180703150657p:plain

f:id:yamaki_nyx:20180703150704p:plain


 ベッドに膝を乗せて体重を掛ける。生きた肉体の表現。

f:id:yamaki_nyx:20180703150710p:plain

 そして手を差し延ばして――

f:id:yamaki_nyx:20180703150722p:plain

 玲音の頬に指を触れさせる。

 玲音はされるがまま、唖然としていたが――、

f:id:yamaki_nyx:20180703150843p:plain


 ありすを見ると――

f:id:yamaki_nyx:20180703150849p:plain

「違うよ」

f:id:yamaki_nyx:20180703150855p:plain

「え?」

 ありすは、玲音があまりに抑鬱状態になって自らの肉体に価値などない、と思い込んでいるのだと感じた。だから、人の躯の暖かさを伝えたかった。

 次にありすは玲音の手をとって――、

f:id:yamaki_nyx:20180703150908p:plain

 自分の左胸に当てさせ――
「あたしだって、ほら」

f:id:yamaki_nyx:20180703151003p:plain

 玲音、どうしたらいいのかも判らず。
 だが――、明らかに暖かいありすの躯に触れる事で、人間らしさを取り戻していく。

f:id:yamaki_nyx:20180703151009p:plain

「どき、どき」

f:id:yamaki_nyx:20180703151016p:plain


「どき、どき」

 二人が言い合って、笑い合う。

f:id:yamaki_nyx:20180703151022p:plain

「どうして? どうしてかな?」

「怖いからだよ。怖いからどきどきしている」

f:id:yamaki_nyx:20180703151029p:plain

「だって、ありす笑ってる」
「うん、そうだよね。でも怖いの。ずっと怖かったの。何でかな」
「何でだろ……?」

 そこに割り込む英利の声。
「肉体を失うから怖いのさ」

f:id:yamaki_nyx:20180703151128p:plain


 この場面は個人的に思い入れ強くシナリオを書いていたが、ここまでエモーショナルなシーンになるとまでは思わなかった。
 コンテと作画、そして二人の俳優――、全てが素晴らしかった。

 以前Twitterで、「lain」の物語は見方によってはラヴ・ストーリーだと書いた事がある。勿論、ここで玲音がありすに言う「好き」は友達としてのものだ。
 だが、ありすの記憶を残したのは、完全に玲音の思い込みで、「理解して貰える」という誤算だった。玲音に話しかけてくれたありすの記憶を、玲音は奪いたくなかったのだ。
 冒頭の「判っちゃった」が全く間違っていたのだ。

 そして二人だけの空間だった部屋に――、邪魔な存在が介入してくる。

 

 

Layer:12 Landscape - Alice heads lain's house.

f:id:yamaki_nyx:20180703145107p:plain


 私服のありす――

f:id:yamaki_nyx:20180703145115p:plain
 電線の下、坂を上って岩倉家を目指している。

f:id:yamaki_nyx:20180703145121p:plain
 玲音の部屋だろう箇所の壁が異様な事に、ありすは既に不安を抱いている。

 

f:id:yamaki_nyx:20180703145134p:plain

f:id:yamaki_nyx:20180703145221p:plain
 呼び鈴を鳴らすが――、ピンポーンの「ン」のピッチがダウンする。
 応答は無い。

f:id:yamaki_nyx:20180703145229p:plain


 門扉に触れると、すぐに開いてしまう。

f:id:yamaki_nyx:20180703145235p:plain
 恐る恐る、ドアを開けて中を見ると――

f:id:yamaki_nyx:20180703145242p:plain
 明らかに「何者かが荒らした」様な荒廃をしている。

f:id:yamaki_nyx:20180703145249p:plain


 だが、ありすはそこで逃げず、靴を脱いで上がる事を決意。

f:id:yamaki_nyx:20180703145344p:plain


 玲音に会って訊かねばならない事があるからだ。

f:id:yamaki_nyx:20180703145350p:plain
 ペンキがぶちまけられた様な有様は、抑圧下にあった玲音が生んだ、「暴力的玲音」がやったのだ、と私は考えている(シナリオには書いていない、コンテの描写からの解釈)。

f:id:yamaki_nyx:20180703145357p:plain
 居間を見やると――

f:id:yamaki_nyx:20180703145403p:plain
 家族は誰もいない。

f:id:yamaki_nyx:20180703145453p:plain


 奥の階段に進むと――、靄が掛かっている。

f:id:yamaki_nyx:20180703145459p:plain

 階段を昇ろうとすると――

 

f:id:yamaki_nyx:20180703145505p:plain

f:id:yamaki_nyx:20180703145511p:plain

「ピーピーピー ガー」
 この世の者あらざる様な美香がいる。

f:id:yamaki_nyx:20180703145518p:plain

 あまりの恐ろしさに壁際にもたれしゃがみ込んでしまうありす。

f:id:yamaki_nyx:20180703145619p:plain


 しかし――、
 

 もう美香の姿は消えた。


 ありすは自らを必死に奮い立たせて、二階へと上がっていく。

f:id:yamaki_nyx:20180703145639p:plain

f:id:yamaki_nyx:20180703145727p:plain

 


 この美香の「ピーピー ガー」も、若い人にはピンとこないだろう。
 


 これから僅か10年弱で光回線が整備されるとは予測出来なかった。


 この「不穏な家にて止めた方が良いのに、2階にいる存在に向かって上っていく」――というシチュエーションは、「恐怖の作法 ーホラー映画の技術」に書いているが、私がファンダメンタルな映画的恐怖表現というものを見出した、「」(1976)というホラー映画のシチュエーションをなぞっている。
 盛大な効果音と共にいきなり画面におぞましいものが飛び出す表現は「ショッカー」であり、「ホラー」とは椅子に座って見ている観客の姿勢をじりじりと変えさせる様な、こういう表現なのだ。

 だが「lain」に於けるこの場面の趣旨は「観客を恐怖させる」事にはない。
 寧ろ、視聴者が「行かなくてもいいのに」と思う様な行為を登場人物がとる事で、初めて「ありす」はヒーローに近しいこの物語のキー・キャラクターとなり得るのだ。
 
 そうまでして、「友達」に会いに行く――(その気持ちの中には非難したいという感情も勿論含むが)。
 だからこの場面は、他の回のどの場面よりも恐ろしく描く必要があった。
 二階の部屋で、玲音がどういう状態にあるかは視聴者は既に知っているのだから。

 中村隆太郎監督は、この場面の背景を執拗に加工していたという。
 その上、更に画面にフォギー・フィルタを重ね、凡そテレビ・アニメの表現を逸脱したエクストリームな画面となっている。


 話的にはこの後の場面も一連なのだが、何しろ凄まじいカットが膨大で、キャプチャした画像が多過ぎるので、エントリをここで分ける。

 

 

Layer:12 Landscape - Something fantastic will come.

 

f:id:yamaki_nyx:20180703144013p:plain

 ここから英利政美の長いモノローグが語られる。
 英利の手法、手段はともかくも、彼の思想の根幹は「ある見方では正論」なもので、人という衰退した種族が今後進化をするなら、ワイヤードとシームレスで情報を入出し、最終的には欠陥の多い肉体から解き放たれるべきだというもの。
 
 その方が圧倒的に「楽」にはなるだろう。
 けれど、それで失うものは人としての本質なのだ。

 

f:id:yamaki_nyx:20180703144007p:plain

 英利の遺体回収現場シーンは、9話のバンクなのだがこちらの方が彩度が高く鮮明(つまりオリジナル版)。
 何故彼の死に下山事件を重ねたか。
 それは私が一番好きな物語の話法が、1970年代のポリティカル・フィクションだからだ。

f:id:yamaki_nyx:20180703144019p:plain


 今は滅多に使われないジャンル名だが、ここで言うポリティカルは政治に関する題材には限らない。犯罪事件やナチス戦犯を巡るスリラーなど、社会的な題材で、かつ個人が強大な力を持つ(主には)体制に反逆する形の物語であり、概ねはスリラーとなる。
 

f:id:yamaki_nyx:20180703144026p:plain

 ポリティカル・フィクションには、物語そのものに関連するもの、周辺的に関わるものなどのディテイルが膨大に描かれ、一種の情報小説という読み方が出来る。
 トマス・ピンチョンの著作もそういうスタイルなのだが、ピンチョンをポリティカル・フィクションと呼ぶ人は流石にいない(単純に文学)。

 映画ではコンスタンティン・コスタ=ガブラスアラン・J・パクラといった監督が優れた作品を撮った。
 日本映画では、山本薩夫監督の多くの映画、岡本喜八監督の「ブルー・クリスマス」が代表作と言えよう。

lain」シリーズを考える時、単に虚構の中の一少女の周辺世界で閉じたものにせず、ネットそのものをモチーフにして、そこに極めて特異な能力というと語弊があるが、そういうヒロインが関わるストーリーにしようと考えていた。
 だから、ネットを巡る様々な事象――、ゲームや秘密、個人情報の暴露などをメタファライズして物語に織り込んでいった。
 プロトコル7を巡る物語に限り、「lain」はポリティカル・フィクションの側面を持っている。

f:id:yamaki_nyx:20180703144107p:plain

f:id:yamaki_nyx:20180703144114p:plain


下山事件」は今尚真相が判っていないのだが、松本清張を筆頭とする謀略論は、終戦直後、占領下の日本という特異な時期なら有り得た事だった。
 下山国鉄総裁が死んだ事により、国鉄が大量の職員解雇を実施出来たのは紛れもない事実だった。
 英利もまた、自ら死ぬ事によって、プロトコル7を解き放った。
 橘総研はアップデートしていくだろうが、既に空いてしまったワイヤードとリアル・ワールドの領域を埋める事は出来ない。

f:id:yamaki_nyx:20180703144120p:plain

 

f:id:yamaki_nyx:20180703144127p:plain

 さて、ここで初夏のワンピースの装いの玲音が現れる。
 全て巧くいった。全て思い通りになった――。

f:id:yamaki_nyx:20180703144133p:plain

 そういう解放感を味わっている様に見える。
 シナリオでは「玲音」なのだが、コンテからひらがな「れいん」と記され、以降はそう呼ばれる新たな玲音の姿。今話の冒頭のモノローグもこの「れいん」だった。

 

f:id:yamaki_nyx:20180703144205p:plain

 

 

 

f:id:yamaki_nyx:20180703144223p:plain
 地下駐車場。
 こういうシチュエーションもまた、ポリティカル・スリラーには欠かせない場面である。

 停車している車の中に灯る赤い光。
 

f:id:yamaki_nyx:20180703144349p:plain
 だがそれはレーザー光ではなく、カールが点けたライターの灯。

f:id:yamaki_nyx:20180703144355p:plain
 密閉した車中で煙草を吸われたらたまらないだろうと、今尚喫煙者の私でも思う。


 MIBの2人は、クライアントに不信を抱いている。
 ナイツ狩りをした彼らは相応な逃走先が確保されていて然るべきだったが――

f:id:yamaki_nyx:20180703144414p:plain
 やってきた黒塗りの車のヘッドライトが2人を照らす。
 この一連の場面の影と光の描写が極めてリアルだ。

f:id:yamaki_nyx:20180703144513p:plain

f:id:yamaki_nyx:20180703144520p:plain


 車から降りた男は、金が入っているであろうアタッシェ・ケースを床に置いた。
 これで一切関係無くなるという事だ。

f:id:yamaki_nyx:20180703144526p:plain

 男は黒沢、なのだが、声は前回登場時とは違う俳優(鈴木英一郎氏)が演じられた(かなり近い感じに演じているので違和感はない)。

f:id:yamaki_nyx:20180703144628p:plain

f:id:yamaki_nyx:20180703144635p:plain

f:id:yamaki_nyx:20180703144641p:plain


 何処へ逃げればいいんだと問うと、黒沢はにべもなく
「電波も衛星もカバーしていないところ」だとしか言わない。
 現代の文明社会でそんな場所は原則的に無くなっている(のだが、衛星情報を制限されているエリアはある)。


 黒沢が去ってしまうと、いきなり林が悶絶しのたうち回る。

f:id:yamaki_nyx:20180703144653p:plain

f:id:yamaki_nyx:20180703144738p:plain


 引きのワンカットでのアニメーションが凄惨さを際立たせる。

 非接触なのに毒物でも盛られたのかと、最初は茫然と見ていたカールだが、どうやら原因は林が装着しているMRゴーグルが見せている何かだと悟り――

f:id:yamaki_nyx:20180703144744p:plain
 データ・リンクしてカールのゴーグルのLEDが点灯。林が見ているものを共有する。

f:id:yamaki_nyx:20180703144751p:plain


 すると、何かおぞましげな何かが地下駐車場をのたくたと徘徊しており――、

f:id:yamaki_nyx:20180703144757p:plain

 苦しむ林の瞳の奥に――、

f:id:yamaki_nyx:20180703144805p:plain


 玲音が――

 
 絶命する林。

f:id:yamaki_nyx:20180703144956p:plain


 茫然と立ち尽くすカールだが、彼のヴィジョンにもおぞましい何かが迫り――

f:id:yamaki_nyx:20180703145002p:plain

 

f:id:yamaki_nyx:20180703145010p:plain
 ほんの一瞬見える、林の顔――

f:id:yamaki_nyx:20180703145016p:plain


 カールも絶望的な悲鳴を上げ――、恐らく絶命しただろう。
 絶命したばかりの林のカットでも判る通り、彼らが見たのは死者達で、彼らが手にかけてきた者達の亡霊だった。
 死者の怨念が襲った――というよりは、彼らの中に残っていた人としての良心が、彼らを苛んだのだろう。

f:id:yamaki_nyx:20180703145023p:plain


 さてこの「駐車場を徘徊するおぞましい何か」が、アニメーションではなく実写であるのも、緊急対応策だった。
 前話では近い表現がアニメーションで描かれていたのだから、ここでもその発展系で描いてもおかしくないのだが、上田Pと中原順志氏(今話にはもう3D作成する様な場面はなく、サブタイトルくらいだったからだとは言え無茶な人選)が2人で深夜に撮影したもの。中原氏が毛布を被ってヨロヨロ歩いている。
 
 当初の構想では、MIBは背景的な存在でしかなかったのだが、岸田さんのデザインを見て私の中で在り様が全く変わった事は以前に記した。
 加えて、中田譲治さん、山崎たくみさんという極めて個性の強い声を得られたのも大きかった。
 当初の構想にはなくとも、演繹的に成り立っていった要素をシナリオで、ギリギリのタイミングではあったが拾え、こういう場面が生まれた。


 林の瞳の中に玲音を見せていいのかどうか、私はそうシナリオに書いておきながら確信が持てないでおり、隆太郎さんに判断を委ねた。
 結果描かれたが、これを見ても視聴者が「玲音が悪意をもって2人を襲った」と誤読はされないだろうと安堵した。


 だが、玲音の中に暴力性を持ったペルソナがあるのも事実だと、次のACT3で明らかになる。劇中に一切登場はさせていない、ヴァイオレントな玲音――

 

 

 

Layer:12 Landscape Exotic Towers

 

f:id:yamaki_nyx:20180703143437p:plain

 物語として閉じねばならない事柄は既に提起してあり、それらに結着をつけるのは当然だとして、如何にこのシリーズにクライマックスをもたらしたら良いのか――。

 中盤以降のシナリオで私は常にそれを意識していたのだが、バトル物でもアクションSFでもない本作は、日常描写をリアルに描く事で当時はまだ絵空事であったネットとリアル世界の二重構造を、静的な景観として描くしかないのだと私は思っていた。
「Landscape」は、いつの間にか見慣れた風景が、ふと気づくと全く異質なものに変容している事に気づき、自分を取り巻く環境が変質したと実感する――
 前話から度々表現されている、街中に聳え立つエキゾチックな塔の数々は、様々なシンボリック的役割も持つのだが、本作が見せ得る日常に現れる非日常――怪獣的なニュアンスで考えていた。
 
 しかし、シナリオを書き進める内に「これはまずいぞ」と思い始めていた事があった。
 それまで一元的に「玲音」というヒロインの観点で描いていたが、何が起こったとて、それらは全て玲音の心的な問題に因する、主観的な心象という解釈を容易に導いてしまう。
 勿論、本作では玲音のディリュージョン、幻覚も特に初期話数では誇張気味に描いてはいるのだが、全てが妄想となるとフィクションは愉しめない。客観的な出来事と裏腹のギリギリを描くのが「lain」というシリーズなので、最終的には大客観で終わるべきだと考えをシフトさせた。

 瑞城ありすというキャラクターが、当初の構想よりも遙かに重要な存在になっていったのは、そういう私のプラン変更があったからだった。

 


 コンテ・演出:中村隆太郎 演出協力:うえだしげる 作画監督:岸田隆宏

 

 普通なら、メイン・アニメーターが作画監督を務めるのは初回、最終回なのだけれど、岸田さんの作監クレジットはこの12話のみ。
 オープニングにも参加されたスーパー・アニメーターの方々を始め、監督をする人々など尋常ではない原画クレジットがラストに見られる総力戦となっているのだが、内容を見れば納得させられるものの、当初からのプランでそうなったのではなく、そうせざるを得なかった事情が大きかったと思う。後半から中村隆太郎監督のコンテ、コンテ修正がどんどん遅れており、作画期間が極めて厳しかった。
 岸田さんが直接声がけしなければ12話は無かった。


 さて前話、玲音は鴎華学園中学生徒達の記憶を改竄する事に成功したが、ありすだけはその対象から外されていた。

f:id:yamaki_nyx:20180703143443p:plain

 アヴァン・タイトルでは玲音の喋りから入る。

「なぁんだ、そういう事だったんだ」

 玲音の声は明るい。

 

f:id:yamaki_nyx:20180703143449p:plain

 青空バックのサブタイトル。

 

 教室でありすは浮かない顔でいる。

f:id:yamaki_nyx:20180703143455p:plain


 樹莉、麗華らと愉しく談笑している玲音――

f:id:yamaki_nyx:20180703143502p:plain

f:id:yamaki_nyx:20180703143534p:plain


 これほど明るい玲音はいつ以来だろうか――

f:id:yamaki_nyx:20180703143540p:plain
 ありす――

f:id:yamaki_nyx:20180703143546p:plain

 ハッとなる。

f:id:yamaki_nyx:20180703143552p:plain


 玲音がありすに向いて、アルカイックな笑みを見せている。

f:id:yamaki_nyx:20180703143559p:plain
 何ら邪気の無い、しかしその表情は――

f:id:yamaki_nyx:20180703143634p:plain


 目を思わず逸らしてしまったありす、携帯NAVIの着信に気づく。

 

f:id:yamaki_nyx:20180703143640p:plain

 

f:id:yamaki_nyx:20180703143646p:plain

 

 釈然としないありす。

f:id:yamaki_nyx:20180703143653p:plain


 

f:id:yamaki_nyx:20180703143742p:plain

 今話から、砂嵐の中に浮かぶ玲音の映像が頻繁に混入される。
 砂嵐――というのはアナログTVが何も受信していない状態のノイズであり、若い人は見たことすらもない人も多くなりつつある。

 いずれにせよこの玲音は、テレビのブラウン菅を通して、視聴者を直接見ているのだが、それがどういう意味を持つのかは、最終話で明かされる。

f:id:yamaki_nyx:20180703143749p:plain
 閑散としたサイベリアで、相変わらずくだを巻いているキッズ。
 新しいMRゴーグルでワイヤード接続していたタロウ、いきなり笑い出して言う。

f:id:yamaki_nyx:20180703143755p:plain

「俺、天使とキスしたんだぜ」

f:id:yamaki_nyx:20180703143802p:plain

 ミュウミュウはそんなタロウを悲しそうに見る。

 

f:id:yamaki_nyx:20180703143842p:plain

「景観」モンタージュ。今話は松浦錠平さん(3,7,11話演出)が担当された。
 塔の佇立する景観は、見えない電線が遙か上空に張り巡らされており、それらを行き交う膨大な情報を送受している事を暗示している。

f:id:yamaki_nyx:20180703143850p:plain

f:id:yamaki_nyx:20180703143859p:plain

f:id:yamaki_nyx:20180703143907p:plain

 ネット・ニュウズのアナウンサーが初めて顔を出して、プロトコル7がこれからのワイヤードとリアル・ワールドを変えていく事を宣言する。
 

「では次のお知らせです。玲音を好きになりましょう」

f:id:yamaki_nyx:20180703143913p:plain

 玲音が鴎華学園生徒らの記憶を改竄出来たのも、プロトコル7(シューマン共鳴ファクター実装)が既に整備済みであったからだった。
 アナウンサーが妙な事を言い出すのは、玲音の無意識にある承認要求衝動が作用していたのだろう。

 ここでアナウンサーの顔を出すコンテに私は強く反対したのだが、最終話のマドレーヌの件もそうだが、画面については隆太郎さんは絶対に異論を認めなかった。
 
 私が反対した意図は、メタ的な視聴者への直接話法が、画面の中で完結してしまうからなのだが、見直しても「やっぱり要らないなぁ」とは依然思う。しかし隆太郎さんには必要だった。

f:id:yamaki_nyx:20180703143959p:plain


 確認していないが、このタイポグラフィ・パートはやはり上田Pの作だと思う。

 

 

Layer:11 Infornography - lain smiles.

 

f:id:yamaki_nyx:20180627002537p:plain

 登校してくるありす。
 実感の無いハイコントラストな世界。
 玲音が感じていた世界を、今、ありすが感じている。

 

f:id:yamaki_nyx:20180627002543p:plain

f:id:yamaki_nyx:20180627002550p:plain
 おはようと声を掛けてくる樹莉と麗華。

f:id:yamaki_nyx:20180627002643p:plain

 ありすは、グループデートの誘いを断ろうと切り出すと、樹莉はそんな話知らないと言い、昨晩はCUメールも送っていないという。

f:id:yamaki_nyx:20180627002650p:plain

 出勤してきた若い男性教師を見てしまうありす。

f:id:yamaki_nyx:20180627002657p:plain

 2人はあの先生はカッコいいけど、3年生女子と付き合っているらしいという噂を話しだし、ありすは内心衝撃を受ける。

f:id:yamaki_nyx:20180627002807p:plain


 2人、ありすがあの先生を好きだったの? もう遅いよとからかいだし――

 f:id:yamaki_nyx:20180627002704p:plain

f:id:yamaki_nyx:20180627002711p:plain

 今立っている足元が揺らぐ感覚に陥っていたありす、

f:id:yamaki_nyx:20180627002754p:plain

 何の音も気配もないのに、何か衝撃を受けて振り向く――!

f:id:yamaki_nyx:20180627002801p:plain

 

f:id:yamaki_nyx:20180627002815p:plain

 校門に玲音が立っている。

 2人は仲良しな友だちとして手を振り呼ぶ。

f:id:yamaki_nyx:20180627002821p:plain

 ありすは堪えられず一度目を背けて前に向くが――、

f:id:yamaki_nyx:20180627002854p:plain


 どうしてもまた振り向いて見ないではいられない。

f:id:yamaki_nyx:20180627002900p:plain


 ずっと無表情だった玲音――、

f:id:yamaki_nyx:20180627002907p:plain

f:id:yamaki_nyx:20180627002916p:plain


「玲音、笑った」

f:id:yamaki_nyx:20180627002922p:plain


 ありすや玲音の写実的な作画描写も「lain」の特筆すべき要素だと思っている。
 実況などでよく「ほうれい線」と揶揄されるが、どんな若い膚であっても人が笑うと、表情筋は谷を刻む。それが人間の顔というものなのだが、凡そアニメの記号表現では省略・抽象化されがち、というより描かないのがルーティンとなっている。しかし岸田隆宏さんのデザインにて、影色のみでそれが表現されているのには今尚感銘を受ける。
 勿論、殊更に写実的になるのは、あの覗き屋lainに「あんたって!」と涙を流して叫ぶありすもそうだったが、テレビ・アニメのノーマル話法から逸脱したエクストリームな場面だけだ。

 この玲音の笑みは、決して邪心は無いであろうとも、視聴者とありすを心胆寒からしめるものであるべきで、岸田さんのデザインでしか描き得なかった。

 


 アフレコで、この最後の台詞をどう言ったらいいか浅田葉子さんはとても悩まれていた。
 だが、鶴岡音響監督も私も「こうなんです」という適切な助言を出来なかった。
 なぜなら「玲音、笑った」はありすの台詞ではなく、シナリオのト書きだったのだから。

 1話目から、字幕スーパー指定の文を隆太郎さんは台詞にする演出を度々してきた。最初はシナリオの書き手としては「ん?」という違和感があったが、次第に「なるほど」と思えた。

 しかしここに関しては正直に言って、意図が今も判らない。

 絵では伝わりきれないので台詞にしてしまう、という消極的な意図ではないのは間違いない。玲音の笑みをあそこまで「誰がどう見ても演出意図通りに受け取る」様に描けているのだから。

 浅田さんは全く確信が持てないまま、あのテイクを録った。
 私はコンソール室の鶴岡さんの隣にいつも座っていたのだが、後方のソファに座っている隆太郎さんの方に振り向いて「これでOKですか?」と目で訊いた。
 隆太郎さんは小さく頷いたので、アフレコはこれで終了となった。

 皆さんは、どう受けとめられただろうか。
 20年経ても残る、小さな謎である。

 

f:id:yamaki_nyx:20180627002948p:plain

 半パートでも、アブノーマルなキャラクター表現を一層増やす回になってしまい、画面設計はなく原画のみに岸田さんもクレジットに名を連ねる。