「Rumors」というサブタイトルは、最初に作成したラフ構成では4,5話辺りに想定していた。ネット・コミュニケーションをモチーフに物語を編むなら、そうしたエピソードは在って然るべきだった。
ネットに流れる真贋の噂、本来秘匿されるべき個人情報や知られたくない趣味嗜好の曝露などは90年代中頃から既に発生していたが、2000年代初頭のP2Pファイル共有ソフト、特にWinnyの流行と、それを通じて感染する暴露ソフトでの個人情報流出が大きな事件だったのだが、もう今は言及される事も少なくなった。
さて「lain」の物語を書く内に、このサブタイトルの話数はどんどんと後ろへ下がっていったのだが、物語の大枠と対比させた、個々のキャラクターを描く上でこのサブタイトルの持つ重要性が増していった為だった。
アヴァン部では、ウィスパー・ヴォイスで、「心をやすりに掛けられる様な思いがしたい? だったら決して目を背けないで」と語られる。
これまで、特定の誰が誰に向けたかも判らない、ランダムな話法をしていたこのパートの語りが、今話ではストレートに視聴者へ語りかけている。これもラストを見据えた前振りになっていた。
玲音は「ワイヤードの神」について調べている。
最初はネット対戦ゲームで遊んでいるタロウへの聴取。
これを記している現在、スマホのソーシャル・ゲームではバトルロイヤル型のゲームが流行っているのだが、この頃そうしたゲームはあまり無くて、RPG型が主流だった。
タロウはモンスターを倒しているのだが、シナリオでは「他のユーザ」(のアヴァター)なので、玲音はPK (Player Killer=別のユーザを殺す外道行為)を非難しているのだが、ちょっと直感的には判り難くなっているかもしれない。
前回尋問を受けた「橘総研」の事を思い出す。ワイヤードの神と関係しているのか――?
次に情報を得るゾーンへ移動。
そこはアダルトサイトだ。だから本来玲音は入れない筈なのだが――、
「無気味の谷」という言葉が作られる遙か以前のそれだ。
中年男性ユーザとの会話は端的に、次世代ネットワーク・プロトコルの「噂」についてのもので、「lain」という物語の柱になる設定なのだけれど、画面ではセクシーな電子女性がポージングを変えていくというシュールなものになっている。
この回の演出をされたうえだしげるさんと製作後にメールでやりとりをした時、このシーンが撮影に大変な負担を掛けてしまい、後で恨み言を言われたという話を伺った。
透過光アニメーションが大変な事になっているのだが、この回はこの場面だけではない。
インターネット・プロトコル IPについては、5話で既に玲音が「早く次世代のプロトコルが――」というダイアローグで述べているのだが、いよいよ本格的に言及が始まる。
この回は「岸田玲音」(と我々内で呼んでいた)を多く観られる眼福回でもあるのだが、それは岸田隆宏さんでなければ描けない、非ノーマルな玲音の描写が頻出するが故からだったと思う。
ところで「lain」から20年後の今、一番信じられない事は、未だにIPv6に完全移行出来ずIPv4が依然幅を利かせているという事実だ。
端的な事を言えばIPアドレス枯渇問題というのは20年前、いやもっとずっと前から指摘されていたのだ。石油のそれと同じで「もう無い」「あとまだ少し」「いや実はまだ多少」が延々とループしながら今に至っている。
「lain」を書いている頃、すぐにIPv6時代は来るだろうと予想してのIPv7の想定だったのだが、数年前、中国がIPv9(IPアドレスは256bit長)を「既に整備した」と発表して世界を一瞬驚かせたが、全くその後が無かった。
いずれにせよ、IPは単なる通信する為の「手順」を送受双方で確立する「手続き」でしかないのだが、ネットでの通信には必ずや介在し、個々のクライアントにアドレスを配置するという在り方は見方によってだが「ネットを支配」する事に通じる。
だからとて、それによって何処か特定の企業なりが利益を得るものではないのだが、例えばビッグデータという近年価値観を大きく変えたものがそうである様に、個々の面では利害は生ぜずとも、恣意的な「操作」はし得るかもしれない――というのは、そう突飛な虚構設定ではない。
しかし「lain」の物語でマクガフィンとしてプロトコルを持ち出した時、上田Pに再び猛烈な反論に遭った。
彼は彼なりにUNIXを勉強しており、IPを虚構のモチーフにするなど考えられなかったというのは判らないではなかったが、今回はこっちも引かず、怒鳴り合った末にこっちが押し通した。私と上田Pが怒鳴り合ってる間、中村隆太郎監督と安倍吉俊君は気まずそうに黙っていただけだった。確か中原順志君も居て、「まあアリなんじゃん?」と言ってくれた気がする。
そして玲音は、「第7世代プロトコル」を整備しようとしている橘総研を訝しむ。